賢者の説得力ホーム軍部について日本の軍隊
                                                                                                                                                                                  

 

日本の軍隊

アジア各地で残虐な行為を繰り広げていた
とされる日本の軍隊。
同じ日本人としては信じられない。
下記の主張の方がしっくりくるのだが…。


●日清戦争のとき、日本軍の捕虜は性器を切られたり、鼻や耳を削がれたりした。それを知った山県有朋が「捕虜になったら死んだほうがましだ」と教えた。「生きて虜囚の辱めを受けず」という日本軍の伝統は、そこから来ている。
        《屋山太郎 正論2007/9月号》


●北清事変の時、日本軍は連合軍の中に入っていて、4つあった紫禁城の門の3つを守った。(残り1つはアメリカが守った) なぜ守ったかというと、北京に入城したときの欧米の軍の暴行略奪が凄まじかったからである。(イギリスのタイムズ紙の記者モリソンが、克明にそのことを報道している)

日本軍占領地域は軍紀が厳正であったので、ここは日本軍の占領地域だということを示すために、現地の中国人がみんな自分の家の前に日章旗を立てるということもあった。それを見た日本軍の師団長が「勝手に日章旗を立てないでくれ」と禁止をしている。
 
    《岡崎久彦 「国家は誰が守るのか」》

●南京事件(第二次)の時も、日本軍が占領した時には中国人が日の丸の旗を作って、あちらこちらに立てた。

●シベリア抑留から帰ってきたある人の体験談によると、抑留中はあちらこちら転々と移動させられたのだが、ある村に行った時に、何十キロも先のロシア人がソリを仕立ててイモをおみやげに会いに来てくれた。そのロシア人は日露戦争で捕虜になったのだが、その時の扱いがとても丁重だったので大変感謝していて、日本人が近くに来ているということを耳にしたので、一言お礼を言いたくて訪ねて来たということだった。
           《藤岡信勝  〃  》


●上官から部下に制裁をするのは主に訓練のとき。上官は部下に我慢を教えるために殴るのだが、上官は自分が先頭に立って戦場に行くから、部下よりも先に死ぬ。そのことがわかっている者が後輩を殴る。

●兵隊は「政府が悪い」とか「軍の上層部が悪い」というような泣き言は一言も言わない。泣き言を言うような兵隊じゃ、全然役に立たないわけだから。
      《伊藤桂一 文芸春秋2006/9月号》


日清戦争の後、フランスの国際法学会会長が、日本ほど国際法をよく守って戦争をした国はない、欧州列国では国際法が存在することは知られているが結局は強者が法律を作るというのが常識で、このように他国(国際社会)が作った法律を非常によく守った戦争は世界史上でも日清戦争がはじめてである、と評価している。
   《松本健一 「「日の丸・君が代」の話」》


●ジュネーブ条約を、旧日本軍以外の軍隊が過去に一度でも守ったとは、寡聞にして知らない。 
        《高山正之 「世界は腹黒い」》


●後藤田・宮沢など戦前の東大法学部出身の秀才官僚たちは、かつて軍人が威張っていた時の印象が相当強烈なため、戦中を悪く言う。
      《渡部昇一 「自ら国を潰すのか」》


●読売新聞の渡辺恒雄は最近、自分が学徒出陣の二等兵でしごかれた恨みつらみをぶちまけている…「東條は許せない、というより、あの軍というそのもののね、野蛮さ、暴虐さを許せない」「僕は軍隊に入ってから、毎朝毎晩ぶん殴られ、蹴とばされ」「僕は東京帝国大学だ。僕をいちばん殴っていたのは早稲田だ」
   《小林よしのり SAPIO2006/6/14号》


戦争体験というのも人によって様々だ。軍隊の中でも苛められた人は苦い思い出を持ち、羮に懲りて膾を吹くように軍隊そのものを否定するようになる。しかし戦友との一体感を持った人は、あの戦争の大義に思いを馳せることもできる。

●とにかく軍隊の中では嫌な思い出は1つとしてなかった。台湾出身だからと苛めを受けたことも、嫌がらせを受けたこともない。逆に中隊長から他の人より可愛がられた記憶が強い。
    《李登輝 SAPIO 2005/8/24・9/7》


●「現地調達」(南京戦などの)とは有料が原則である。持ち主が行方不明のため代価を支払えなかった場合は、後日取りに来るよう徴発品リストとともに張り紙を掲示していった。従って勝手に盗んだりした者は、軍規違反で処罰された。
           《東中野修道 出典不明》


●日本兵が強かった理由…近代戦というのは個人戦ではなく「任務の束」だから、与えられた任務を忠実にやるという日本人が一番強かった。「恥ずかしくない死に方をしよう」という考えも大きかった。上海陸戦隊などは百数十倍の敵に勝ったし、満州事変の時も50万の相手に1万人で勝ってしまった。  

●インドネシアのオランダ軍などは、日本兵を見ただけで逃げ出してしまったため、銃撃戦にすらならなかった。(そのありさまを見ていたからこそ、インドネシア人が独立を思いついた)

●仏印のフランス軍も強そうな顔をしてはいるものの、日本軍に攻められるとわずか1日で武装解除されてしまった。(ベトナム人は対仏独立戦争へ、俄然勇気がわいた)
…というわけで、戦争も最後近くになると、実質的には日米戦争といった様相を呈する。イギリスでさえ問題ではなく、ましてやオランダやフランスなどは全く戦争の圏外であった。

●にも拘わらず、当時の日本に手も足も出せなかったような国々が、終戦間近に大量に対日布告をやってきた。(ミニ国家やスイスなどを別にすれば、主だった国々で対日布告をしなかったのは、ドイツとトルコくらい。イタリアでさえしてきた)最もひどいのはソ連で、原爆投下後の終戦1週間前に布告し、侵攻してきた。
      《小室直樹 「自ら国を潰すのか」》


●蒋介石も日本軍を賞賛…「わが将校以下は、日本軍の松山守備隊あるいはミートキーナ守備隊が孤軍奮闘、最後の一兵に至るまで命令を全うしある現状を範とすべし」

●この日本兵の強さは日本人そのものの資質からきている。…組織や職務への忠実/勤勉/団結心/責任感など。
       《若槻泰雄 「日本の戦争責任」
   他の著書「『在中二世』が見た日中戦争」》






●「義和団の乱」=1899年、当時北京には日本を含め11ヵ国の在留民がいたが、それを10万人以上の義和団と清国軍が包囲し、皆殺しを行おうとしていた。対抗して英仏米露独伊奥日の8ヵ国は連合軍を結成して、籠城していた人たちを救出した。
この時の日本軍の規律の良さと勇敢さ、さらに他国の軍隊と違って勝った後も全く略奪しない姿に、総指揮を担当したイギリス公使が驚嘆し感銘を受けた。北京解放後も、日本の分担した地域だけは略奪がないものだから、支那人までが逃げ込んできて日章旗を立てるほどだった。他国はイギリス人でさえも略奪をやっている。
   《渡部昇一 「日本に『戦争責任』なし」
       他の著書「禁忌破りの近現代史」》

【9月27日更新】

●沖縄戦のとき、沖縄の人たちは「鉄の嵐」といわれる、地形も変わるほどのものすごい米軍の艦砲射撃の中で、穴倉で兵隊も民間人も閉じ込められていた。
水も食糧も尽きようとしていたとき、一時だけ砲撃が休まったことがあった。その間に人々は穴からはいずり出して、病人を運び、食糧を調達した。
その時、人々が海の方向で見たものは、米戦艦に向かって一機、また一機と突っ込んでいく特攻機の姿だった。沖縄の人々の命を長らえるために、一人一人の特攻隊員が命を捧げて、そのわずかな時間をつくってくれた。沖縄県民たちは、両手を合わせ涙を流した…。
という話を沖縄の手登根安則さんから聞いた。これが日本人である。
     《水島総 チャンネル桜2014/9/26


●出撃当日、彼らの所作は普段と変わらなかった。再びは踏むことのない祖国の大地を離れる直前、同僚に微笑みを浮かべ、あるいは沈痛な面持ちで見送る仲間を逆に激励して飛び去った者も多かった。

●ただ、最後に見せた寛爾の表情や、検閲を意識し、また自らを納得させるためにも書かれたであろう遺書の文言を、悟りや無我の境地を映したものと読み違えてはならない。出撃までの須臾の間、生身の人間にこれ以上の責め苦はないといえる程の苦悩を背負わせられながらも、自暴自棄を抑え心の動揺が表に出ぬよう必死に克己に努め、溢れる生への欲求や懊悩の全てを我が内に抱えたまま、彼らは自己以外のもののために出撃したのであり、だからこそ我々はその姿に人間として真の偉大さを認めることができるのである。
       《西川吉光 諸君!2007/1月号》


●宗教的な信条としてのテロと神風攻撃は、基本的に異なる。第一に日本の特攻隊員は、神格化された天皇のために死んだものなど一人もいやしない。宗教的な狂信などどこにもなかった。
第二に、彼等の攻撃対象はあくまでも敵艦であって、無差別に一般市民をも巻き添えにすることなど決してありはしなかった。
      《石原慎太郎 産経新聞2010/8/2》


●日露戦争当時、ロシア捕虜のためにパンをつくろうということで、神戸パンができた。日本は捕虜虐待はいっさいしなかった。
 《武田鉄矢 「今朝の三枚おろし」2011/3/9》

 ※関連ページ : 日中戦争時の「中国の民衆」も参考に

【軍部について】
日本の軍部と政治/国民の方が軍部よりも過激
東條英機/独裁者とは隔絶する真実の姿
日本の軍隊/各地で賞賛された規律と精強さ