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プロパガンダとは

戦争中あるいは敵国を貶めるための
プロパガンダ(宣伝・情報戦)を
使うことは
戦略の一環として世界の常識でもある。
しかし日本の特殊問題は
朝日新聞などの国内のマスコミが
自国を貶めるためのプロパガンダを
行っているということである。


第一次大戦中、フランス報道局には「合成化学写真部」という部門があり、切り落とされた首や、えぐり出された目玉、割られた頭部などの木の模型を作り写真を取っていた。それをばらまき、敵国の残酷さのプロパガンダとした。
    《K・カール・カワカミ
      「シナ大陸の真相―1931‐1938」》


●第一次大戦で、味方の結束を固め、第三国を味方にし、敵の戦意をくじく宣伝戦が加わった。

◇ドイツ皇帝を指弾した「ジャキューズ(われ糾弾す)」という本は、ドイツと敵対するフランスとイギリスによって、ドイツ語・フランス語・英語・中国語など十ヵ国語以上に翻訳され、世界中に配布された。

◇大戦の後半、ドイツ軍とフランス軍が対峙したまま戦線は膠着した。その戦線目がけてイギリスは飛行機と気球でビラを投下した。

◇新聞はこれまでにないほど利用され、さまざまなことが書き立てられた。

●このとき何が書き立てられたかといえば、敵の残虐さだった。ドイツでは倒れた自軍の兵士を煮つめ、軍需用品のグリセリンを蒸留している、とイギリスが非難すれば、反対にドイツは、我が国の兵士の目玉がイギリス軍にえぐりとられバケツいっぱいになっている、とイギリスの残酷さを糾弾した。もちろん作り話であるが、一流紙「タイムズ」などで報じられた。
 《阿羅健一
 「〈再検証〉南京で本当は何が起こったのか」》


朝鮮戦争でも中国のプロパガンダは行われている。それは米軍側が細菌兵器を北朝鮮及び中国の朝鮮国境近くに害虫と共に散布したというものである。
が、これも戦時プロパガンダである可能性が高い。「いつもなら爆弾を落とす米軍機が夜に爆弾を落とさず、何かを投下した。翌朝その米軍機が何かを投下したところに行って見ると、ハエや蜘蛛が雪の上にびっしりと撒かれていた。その後、この村では炭疽菌やペスト、コレラなどの病原菌に冒された患者が多数発生した」という話で、これは事件として北朝鮮発で中国を通じ世界各国へ配信され、西側諸国からも米軍は非難されたのだった。

●この検証はすでに行われており、現在CS放送のヒストリーチャンネルなどで実際に朝鮮戦争終結50周年記念放送として特集が組まれ、細菌兵器の使用の有無を検証する番組が放映された。
映像では、爆弾型のカプセルや細菌爆弾を投下したと証言する、北朝鮮軍の捕虜の米軍パイロットも登場する。しかしながら、番組では続けて、当時米軍が投下したとされる村を取材したハンガリーのメライ記者が登場し、その村にいたハンガリー人の医師が村人から聞いた話として「あの夜、米軍ではなくハエを撒いたのは中国人の兵士だった」という証言が出てくる。

●国連の調査団は中共の主張に沿って、細菌兵器が使われた事は間違いないと結論付けている。ただし、それらの資料や証拠が全て中国側から提出された資料に基づくものであった。
それに細菌爆弾を投下したと証言した兵士は2年後に米国において、北朝鮮の捕虜だった際に中国人に強要され、尋問を82日間もの間3人1組の2チームによって連続で受け続け、37日間は昼夜連続で行われたことを証言し、証言そのものがウソであったことを告白した。ちなみにこのパイロットは、トイレで遭遇したフランス人記者に、早く帰国したいのでウソをついたと証言している。

●米空軍司令官マシューリッジウェイ将軍は、この事件についてこう警告している。「(朝鮮戦争における)これまでのさまざまなプロパガンダの中でも今回は際だっています。自由主義諸国への警告です。あたかも木造家屋に迫り来る山火事の様に、差し迫った危険を告げています。共産圏のリーダーがここまで広範囲に誤った告発をデッチあげている事実は共産主義の目的を未だに認識していない人々に自由世界が直面している、その恐るべき危険を思い知らせたはずです」

●細菌兵器を使用されたと告発された米国側は疑惑払拭に努めるが、「使用したことを隠す」以上に「使用しなかったことを世界に理解を浸透させる」方が遥かに難しい。敵国の悪辣ぶりを告発することで戦局をひっくり返そうとする中国の宣伝は、戦後も健在だったのである。

●98年5月にインドネシアの首都ジャカルタなどを中心に、前年にタイから発した経済危機の影響により、スハルト大統領の退陣要求などを求めて暴動が発生した。この際に、インドネシア経済のかなりの部分を掌握していた在インドネシア華人に対する暴行・焼き討ちが起きたが、その際に中国系女性多数がレイプされたとの告発が、多くの証言と写真つきでインターネットで世界に流布された。
→それを受けて中国・台湾の当局が反発し、アジア各地で抗議やデモを誘発させたのだが、この際に掲載された一部の写真が、インドネシア暴動とは全く無関係である事がその後暴露された。
        《松尾一郎 正論2007/6月号》



●第一次大戦にとどめを刺すことになる米国の参戦理由が振るっている。
発端は英タイムズ紙に載った「ドイツ兵はフランスの子供を見つけ次第、両手を切り落としていった」という報道だった。衝撃のニュースはル・ジュルナル紙などが追っかけ、大騒ぎになった。
タイムズ紙はさらにベルギーで「カナダ兵捕虜が銃剣で壁に磔にされた」「産院を襲った独兵が看護婦を強姦し、乳児を放り投げては銃剣で刺し殺した」ことも報じた。

●米世論は独軍の蛮行に激高する。かくてウッドロー・ウィルソンは1917年4月、宣戦布告した。引き揚げてきた駐独米外交官は「ドイツでは死体から潤滑油を取り、残りは豚の飼料にしている」(タイムズ)と話した。

●米参戦でさすがのドイツも敗れた。
◇米富豪は早速、手首を切られた子供たちを探したが、そんな子供は一人もいなかった。

◇カナダ軍も磔にされた兵士を探したが、彼はインドで元気に駐屯していた。

◇産院を調べたが、犯された看護婦も銃剣で刺殺された赤ん坊もいなかった。
…要するにみんなドイツを悪者にするデマだった。

●英下院議員アーサー・ポンソンビーは流されたデマについて「ウッドロー・ウィルソンと英情報局が検閲を通して米世論を操っていた」と『戦時の嘘』で明らかにした。「死体から潤滑油」の大嘘を語った米外交官も国務省命令で嘘をこしらえただけだった。

●この尤もらしいデマの数々はそれから独り歩きを始め、乳児放り上げは湾岸戦争の折にサダム・フセインの悪行として米議会でまことしやかに語られた。強姦話や残虐行為はセルビアのコソボ紛争の折にNATOが流してミロシェビッチを虐殺犯に仕立てた。

●日本の戦争についても同じようなデマが付きまとった。のっけは日清戦争で、ニューヨーク・ワールド紙が「日本軍は旅順で6万人市民を虐殺した」と報じた。
このときは駐日ベルギー公使アルベルト・ダネタンが何もしない日本政府に代わって検証し、米紙の「悪意あるデマ」であることを明らかにした。

●その後もデマは出る。南京大虐殺から「スマトラで三千人を生き埋め」「マレーで赤ん坊を放り上げて刺した」など「聞き覚えのある嘘」が日本軍の蛮行として山と語られた。
ただ検証はされなかった。というか、本来検証するはずの朝日新聞や関東学院大の林博史、早大の後藤乾一ら学者が率先してデマを支持、拡散させてきた。
  
      《折節の記 正論2013/7月号》



●ベルギーに侵攻したドイツ軍がベルギー人の子供を見つけ次第、その手首を切り落としていったという記事に関して、ウィルソン記者はニューヨーク・タイムズのインタビューに、「本社からドイツ軍の残忍さを語る記事を送れと電話が来た。それでドイツ兵の手にかかる寸前に助けられた赤ん坊の話を創作した」(アンヌ・モレリ「戦争プロパガンダ10の法則」)と語る。
       《高山正之 週刊新潮2008/4/3》



●漢民族は政治闘争に際しての宣伝工作の才能に長けている。辛亥革命の時にも、清朝の中国侵入時に江蘇省の揚州や嘉定で発生した住民虐殺事件を誇大に宣伝し、反満州人感情を煽っている。

●ティンパーリー同様、国民党の国際宣伝処に勤務していたセオドア・ホワイト(中国贔屓で日本嫌い)というアメリカのジャーナリストが、「歴史の探究」(サイマル出版会)という自叙伝で、宣伝目的で作られた写真や誤記された数字が一人歩きして、「事実」として定着してしまったことを紹介している…
先ず、当時の重慶に逃避していた国民党政府は、「アメリカの言論界に対し嘘をつくこと、騙すこと、中国と合衆国は共に日本に対抗していくのだとアメリカに納得させるためなら、どんなことをしてもいい。それは必要なことだと考えられていた」と堂々と述べていたという。
   《北村稔 「日本よ、「歴史力」を磨け」》

●ティンパーリー同様に「レフトブッククラブ」(左翼書籍倶楽部)から本を出したこともあるジョージ・オーウェルは、「重要なのは偽造が行われるということではなくて、その事実を知っても左翼の知識人は一般になんらの反応も示さないという点である。…大目に見のがした嘘が新聞から歴史書へ流れ込むという予想に心を痛める人間はほとんどいない」と、「ペンの自己規制」というエッセイで左翼流の資料操作の欺瞞ぶりを告発したことがある。ちなみにオーウェルはその後、ゴランツ書店(英国の左翼出版社)や「レフトブッククラブ」の容共的・親ソ的な姿勢を嫌い離れていった。
          《櫻井よしこ  〃  》


●日系米国人のカール・カワカミ氏が1938年、ロンドンの書店から出版した「ジャパン・イン・チャイナ」には、中国兵が中国人の強盗を処刑している場面が、日本軍の虐殺にすり替えられて欧米の映画館で上映されるなど、当時の国民党政府による虚偽の宣伝活動が記されている。中国の反日宣伝の手法は70年前と変わっていない。
      《石川水穂 産経新聞2007/12/22》


●中国は自分の立場が不利になると、途端に自らを被害者の立場に置いて反撃に出る主張パターンというものがある…
◇例の毒餃子事件では中国政府が、農薬を混入したのは日本側であり、日本は中国の経済発展に嫉妬して中国製食品は危険だという謀略情報を流すためにこんなことを仕組んだのだと言わんばかりの主張をした。

◇チベット騒乱も、中国は被害者だと中国政府も多くの中国人も言っている。北京オリンピックにぶつけた「ダライ・ラマ一派」の謀略であるとか、チベット仏教の僧侶が商店を破壊している映像を流して、ここでも被害者であることを演出すようとしている。
…中国の主張では、本当の被害者と加害者が入れ替わっている。南京事件も慰安婦問題も全て同じパターンである。
        《八木秀次 正論2008/6月号》






●写真から消されてしまった最も有名な人物は、やはりトロツキーであろう。1920年に撮られた演説するレーニンの姿の写真には、演台右脇に立ち、カメラの方を向いているトロツキーが写っている。なぜトロツキーがレーニンの脇にいるかといえば、次に自分が演説する予定で、順番待ちをしていたためである。
ところが、その写真からトロツキーの姿だけが消し去られてしまっている。まさに「現在を支配する者は過去を支配する」(ジョージ・オーウェルの近未来小説『1984年』)というわけで、失脚後のトロツキーは、スターリン指導下のソ連指導部から「いなかったこと」にされてしまったわけである。

●ソ連邦初期に、レーニンとトロツキーがセットになっている写真は実に多い。何しろ、ロシア革命はレーニンとトロツキーが共に指導したことで実現したわけだから。スターリン配下のソ連指導部は、執拗にトロツキーの姿を消し去る作業を続けた。
1925年に失脚し、29年にはソ連から国外追放されてしまったトロツキーであるが、外国に渡っても反スターリンの活動を続けた。スターリンはその後、執拗にトロツキーの命を狙い、反スターリン派に「トロツキスト」とレッテルを貼り、粛清することを繰り返した。そんなトロツキーが、建国の英雄レーニンと仲良く並んだ写真が残っているのは、体制にとって極めて都合が悪かったわけである。
   《三橋貴明 「大マスコミ 疑惑の報道」》


●戦時プロパガンダというのは、事実か嘘かは問題ではない。国際世論を味方につけ、自国民の戦意を高揚させ、敵の意欲を喪失させればいいのである。
  《渡部昇一 「渡部昇一の時流を読む知恵」》


●日本政府は、広報は下手、というより、広報に気がないとしか思えない。いつも言うことだが、広報と表現はもっとも平和的でしかも安上がりな武器なのである。

●2004年のことだが、私は日本人の運航するLNG船でカタールまで行った。ホルムズ海峡からペルシャ湾岸に入ると、それまで空白の画面だったテレビに画像が映りだした。その中の一つは明らかにアラビア語を使う国から同じ言語圏に向けて発せられている電波なのだが、中に驚くべきプロパガンダがあった。

●鉄帽をかぶり、偽装の草などをつけた重装備のアメリカ兵が、銃を構えている姿が映る。その姿が10秒近く続いた後、その姿は突然ニョロニョロと悪魔の姿に変身する。
このような「コマーシャル」が15分か30分に一度くらいの頻度で画面に現れる。これなら字の読めない人にも子供にも、アメリカ兵は悪魔なのだと、繰り返し繰り返し刷り込むように教えられる。
自衛戦力だけでなく、こうした広報の分野の闘いにも、内外の才能ある人材を集めて強力に平和構築のために用意すべきだろう。
       《曽野綾子 産経新聞2014/4/2》


●中国政府の対外広報予算は9千億円を超えるが、その巨額な予算はシンクタンク、大学、研究者、シンポジウム、孔子学院、中国版CNNといわれる全米ネット報道などに費やされる。中国の視点に基づいた情報が継続して大量に米国に注入され、世論が形成されれば、中国が直接関わらなくとも、米国が日本批判の役割を担い、日本の影響力を殺ぐという流れを作り得る。
       《櫻井よしこ 正論2013/7月号》


●1930年代くらいでも、ヨーロッパの研究者の文献を見てみると、「日本ほどプロパガンダに弱い国はない」と分析されていた。
    《上島嘉郎 チャンネル桜2015/12/18

【2016年3月25日更新分】

●今、アメリカで一人の「英雄」の本が話題となっている。第二次大戦中、日本軍の捕虜となったイタリア系アメリカ人、ルイス・ザンペリーニ氏の数奇な半生を描いた『アンブロークン』だ。著者は有名女性作家のローラ・ヒレンブランドだ。
ザンペリーニ氏は日本国内の捕虜収容所に入れられ、その過程で日本軍看守からの凄まじい虐待を受けた結果、終戦後にアメリカに帰国しても長らくその記憶に苦しみ、PTSDを発症する。そして、妻に離婚を言い渡されるのであるが、救いを求めて訪れた教会で「神」を発見し、ついにはあの残虐だった日本人看守を赦すという境地に至るという感動巨編だ。

●この本は日本人として看過できない部分が多くある。本の中で散見される、あまりにも杜撰かつ不正確な、いくつかの描写だ。例えば「数千人の捕虜が、殴られたり焼かれたりし、突き刺され、棍棒によって殴打され、銃殺され、斬首され、人体実験で殺害され、また人肉食の習慣によって生きたまま食われた」と書かれている。とんでもない話だ。

●著者のヒレンブランド氏は、この本に関しては何でも誇張して書く方針であったらしく、それがこの本をかなり疑わしいものにしている。
ザンペリーニ氏と仲間たちが搭乗するB24爆撃機が太平洋に墜落した時、氏はどんどんと海中に沈み続ける機体の中でもがくのだが、ワイヤーが身体に絡みついて、逃げられなくなった。そのうち、ついに肺からは空気がすべて抜けて海水で満たされ(海水と一緒に血やガソリンまで味わった)、氏はそこで「気絶」したという。

●しかし次の瞬間、気絶していたはずのザンペリーニ氏は、身体を絡めていたワイヤーが偶然に外れていたことに気付く。そこで意識を取り戻した氏は、何も見えない真っ暗闇の中、水深500メートル以上の海底に沈みゆく機体の窓から外に飛び出し、ついには海面にまで泳ぎ出して助かったというのだ。

●その後、彼と他の二人の搭乗員は、二隻の「バスタブほどの大きさの救命ボート」に乗って洋上をさまようのであるが、その間、日本軍の爆撃機に偶然発見され、8度に及ぶ「シャワーのような機銃掃射」を受けたが、救命ボートは穴だらけになったものの、三人の誰にも当たらなかったという。

●この日本軍の爆撃機は執拗で、機関銃が当たらないとなると今度は爆弾まで投下したというが、こちらは不発であったために彼らは助かった。
しかもザンペリーニ氏は、日本機の攻撃から逃げるために飛び込んだ海中で、今度は下から襲ってくるサメの大群に蹴りを加えて、これらを撃退しているのである。
しかし普通に考えて、こんなことがあるのだろうか。
   《丸谷元人
    「日本軍は本当に「残虐」だったのか」》


●日本には、電通のように「広告」会社はあるが、「広報」会社がない。
アメリカには「戦略型PR会社」というものがあって、そこがそれぞれのクライアントの立場にとって都合のいいようにメディアを操作しているのである。

●この戦略型PR会社が、どのような戦略で心理学に基づいて、メディアをどのように動かしたほうがいいかを研究したうえで、流されているミスリーディングの情報も非常に多いというのも事実である。
     《渡邉哲也 チャンネル桜2015/4/4

●もともと、「ピューリッツァー賞」で有名なピューリッツァーも、イエロー・ジャーナリスト(新聞の発行部数等を伸ばすために、「事実報道」よりも「扇情的である事」を売り物とする形態のジャーナリストのこと=ウィキペディアより)だった。米西(アメリカとスペイン)戦争のとき、彼はあることないことを新聞「ワールド」に書いて、「キューバ人が辱めを受けている」とか書いて「スペイン討つべし」という世論を喚起した。

●ピューリッツァーは、今日の日本を貶める捏造のはしりみたいなことをやっている。日清戦争での「旅順大虐殺」(日本軍が中国人約2万人を虐殺したという事件)を書いたのは、ピューリッツァーの新聞「ワールド」である。(書いたのはグリルマンという記者) これは明らかに日本を貶める捏造記事である。
         《馬渕睦夫  〃  》


●ニューヨーク・タイムズのニコラス・クリストフは、北支に駐屯した老兵を訪ね、「人肉を食っただろう」としつこく質した。老兵は首を横に振る。

●噂は聞かなかったかと馬鹿記者は重ねて聞く。そういえば市場に珍しく新鮮な肉が出た。みんなですき焼きにしながら「もしかして(支那人が好む)人肉かもと冗談を言って笑った」ことを話してやったと後に取材にきた産経新聞記者に語っている。

●しかしクリストフにはその冗談話で十分だった。「老兵は枯れ葉のような手を震わせ、60年前に支那で子どもを殺してその肉を食った。たった一切れだが、今も悪夢に苛まれ、妻にも明かせなかった」(97年1月22日)ことにしてニューヨーク・タイムズ1面を飾った。
      《高山正之 週刊新潮2013/12/19》


 ※関連ページ : 南京大虐殺の「虚言」も参考に