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日本の大義

日本の太平洋戦争は
「大義なき戦争」といわれているが…


●19世紀末以来の日本に、世界制覇などという野心はなかった。ただ「白閥支配」の世界で、黄色人種である日本も名誉ある地位を占めたいと願った。その際望んだのは自民族の優越でなく、人種の平等である。
     《平川祐弘 「諸君! 2006/8月号」》


●大東亜戦争の目的を「一次史料」で教えてやろう。それは「自存自衛」と「東亜の解放」だ。これは開戦当初から全国民の常識だった…

開戦当日の「開戦の詔勅」では、米英が「東亜ノ禍乱ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセム」。さらに米英は日本に「経済断交ヲ敢テシ帝国ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ」と状況を説明した上で、「帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切ノ障害ヲ破砕スルノ外ナキナリ」と宣言。そして最後に、「東亜永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝国ノ光栄ヲ保全セムコトヲ期ス」と結んでいる。
     《小林よしのり
      「新・ゴーマニズム宣言(15)」》


日本の大東亜戦争の目的が「自存自衛」「東亜の解放」だった一次史料は、いくらだってある。「この戦争は何のために続けているのか、という素朴な疑問に答えた資料を目にしたことがない」と言うが…当たり前じゃないか!開戦当日に新聞の一面で発表し、子供でも知っていることを、なんで戦争中に重要会議で話し合わねばならんのだ?
   《小林よしのり 「SAPIO2005/11/9」》


●もちろん最大の戦争目的は、南方の資源確保にあった。まさに自衛のため。しかし同時に、白人勢力を駆逐することで、それを機にアジアに有色人種の独立国家ができ、日本の友邦になってくれれば日本の国益にも合致すると考えた。
     《八木秀次 「正論2004/11月号」》


大東亜戦争が世界に与えた最も大きな衝撃は、アメリカで黒人が目覚めたことである。黄色人種の日本人があれだけやるなら、われわれ黒人もアメリカ国内で似たようなことがやれるかもしれない。そう言って、黒人が立ち上がった。
《日下公人 「アメリカはどれほどひどい国か」》



●日本人は開戦時、少なくとも主観的には、中国をアメリカ・イギリスによる植民地支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義国である日本には、帝国主義時代の条件下で欧米列強の植民地になるか、植民地を獲得し帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。

●従って、中国を期間限定で植民地にするが、それは将来中国を植民地から解放するためである、という言説を日本は展開した。これは中国人からすれば、受け入れがたい論理である。

●あのとき日本がアメリカ・イギリスと戦争をしなくてはならなかった論理も大義も、きちんと存在する。
1941年12月の開戦直後、当時の政府は戦争の目的としてそこに至った経緯を国民に対して論理的かつ実証的に説明することを試みた。その1つが大川周明によるNHKラジオの連続講演(全12回)だ。

●この速記録は翌月(42年1月)に「米英東亜侵略史」という単行本として上梓され、ベストセラーになった。本書を読めば、日本が何故にアメリカ・イギリスとの戦争に至らざるを得なかったかがよくわかる。さらにその内容が、客観的事実に基づいた冷静な主張であることにも驚かされる。「鬼畜米英!」などといった過激なプロパガンダも見られない。
        《佐藤優 「日米開戦の真実」》


「アジア解放」はただの仮面ではなく、インドネシアに千人を超える残留日本兵がいたというのは、日本の一般民衆にも戦争の道義的理由が認識されていた証拠でもある。
       《西尾幹二 諸君!2009/4月号》


●大東亜戦争には、いまだに侵略史観とアジア解放史観があるが、いずれも正しくない。そもそも戦争は「死生の地 存亡の道」であり、百パーセント勝つ自信があれば別だが、他国の領土資源を取ろうという侵略目的や、多民族の解放という利他的目的で国運を賭する国はあり得ない。石油禁輸で追いつめられて一か八かで始めたのが実相である。

●ただ戦争目的は途中で変わっている。1942年暮れの御前会議で、中国とのあらゆる不平等条約を撤廃し、戦後は全軍を撤兵する対支新政策が決定され、杉山元参謀総長はこの方針は「懺悔録」であり出先の軍に徹底させると述べた。もやは誰も異存のない政策だった。
重光葵によれば「東亜の解放、アジアの復興こそ日本の使命だと悟り、日本人は漸次夢から覚めた」のである。重光はこれを全占領地に及ぼす考えであり、「大戦突入後日本人の視野が広くなった」と観察している。帝国破滅のほんの三年前に日本人はやっと大国民となったといえる。しかしすべては遅きに失した。まさに時を同じくするガダルカナル、スターリングラードの敗北で戦局はもはや挽回不可能となる。

戦争の意図と結果は別の問題である。歴史は平和時には緩慢に動くが、戦時には激変する。戦争がなければ植民地解放は遥かに長い時間を要したであろう。大東亜戦争は、その当初の目的とは無関係にアジア民族解放の時計の針を不可逆的に何十年か進める結果となった。それは善悪是非など超越した歴史の大きな流れの中で起こったことである。その激流が洗い流したあとの世界に、今われわれは生きているのである。
       《岡崎久彦 「運命の十年」》
        (他著書「吉田茂とその時代」)


●御前会議での永野海軍軍令部総長の発言(9月6日)…

「政府側陳述によれば、アメリカの主張に屈服すれば亡国必至であるとのことであったが、戦うもまた亡国であるかも知れない。すなわち戦わざれば亡国必至、戦うもまた亡国を免れぬとすれば、戦わずして亡国にゆだねるは身も心も民族永遠の亡国であるが、戦って護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも祖国護持の精神がのこり、われら子孫は必ず再起三起するであろう
       《前野徹 「戦後歴史の真実」》
 


我が国は、自存自衛とアジア解放のために戦争をしたのであることを私は疑っていない。他国解放が自国防衛より動機として上回っていたことはないから、自存自衛が第一、第二がアジア解放である。 (ドイツの戦争の動機は、自国の「生存空間」を拡大するということ以外に考えられない。東ヨーロッパからソビエトに至る広大な地域をドイツ人の居留地域にするための行動だった)
        《西尾幹二 正論2007/8月号》


●著名なトエンビー博士が1956年10月28日の英紙オブザーバーに寄せた「シナからの小売商人」と題する一文…
「第二次大戦において日本人は、日本のためよりもこの戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残したと言わねばならぬ。それは、日本の掲げた短命な理想『大東亜共栄圏』に含まれた国々である。今日のアジアの最重要課題は、この覆された日本の衣鉢を誰が継ぐかである」

●同文…「日本が歴史の上に残した業績の意義は、西洋人以外の人種の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間考えられてきたような不敗の半神でないことを明示したことにある。イギリス人も、フランス人も、オランダ人も、ともかくわれわれは皆ばたばたと将棋倒しにやられてしまった。そしてやっと最後にアメリカ人だけが、軍事上の栄誉を保てたのである」

      《市村真一 産経新聞2006/10/5》
 (関連書籍「国会議員に読ませたい敗戦秘話」)


        



【日米開戦】
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