賢者の説得力ホーム従軍慰安婦他国の実情

 

他国の慰安婦

①  

従軍慰安婦は日本だけの
特殊なものといわれているが…


●東久邇内閣が真っ先に手がけた政策は、進駐軍用の慰安所の設置だった。それがRAA(特殊慰安施設協会)で、全盛期は7万人の日本女性が所属した。パンパンと呼ばれた日本女性が、米兵の腕にぶら下がっていた。「世界最大の売春トラスト」と呼んだのは、シカゴ・サン東京特派員だった。
    《石井英夫 
    「産経抄 それから三年2001~2003」》


戦争では敵の街なり領土なりを占領すると、コーランが摂理として書くように掠奪をし、女も犯す。古今東西・万国共通の慣例だった。

●米軍は日本上陸後の最初の1ヵ月、それも神奈川県下だけで2,900件の婦女暴行を働いた。
7年の占領期間中には2,536件の殺人と3万件の強姦事件を起こした。それでも反日家のジョン・ダワーは、「米軍が紳士的で法を遵守したがゆえに日本人の尊敬を勝ち得た」と、イラク問題に絡めてNY・タイムズに書いていた。あれでいいほうなのだと。

●そんな米国でも呆れるのがソ連兵、もっと悪辣なのがオーストラリア兵といわれている。
●中国人も通州事件で見せたように、強姦も強姦後の虐殺も好きという特性を持つ。
《高山正之 「歪曲報道」 他の著書「変見自在マッカーサーは慰安婦がお好き」》


●ナチス・ドイツは、アウシュビッツのユダヤ人収容所に、そのユダヤ人のための慰安所を設置した。
    《呉智英 「ホントの話」
        他の著書「現代人の論語」》


●韓国とフィリピンの間にも人道的な問題が発生している。少なくとも4千人以上の未成年のフィリピン人の娘たちが、韓国にある米軍基地近くの赤線地帯の売春宿に売られて来ているのである。
      《曽野綾子 「社長の顔が見たい」》


●ベトナム戦争中の米軍慰安婦については、スーザン・ブラウンミラー(米人女性ジャーナリスト)の「Against Our Will」(1975年)に詳細なルポがある…「鉄条網で囲まれた公認の軍用売春宿では60人のベトナム女性が住み込み…1日に8人から10人をこなす。料金は500ピアストルで、女性の手取りは200ピアストル、残りは経営者が取った。彼女たちを集めたのは地方のボスでペンタゴンも黙認、女たちは週ごとに軍医の検診を受け…」。
日本軍の慰安所と瓜二つではないか。
      《秦郁彦 産経新聞2007/3/11》


●1945年8月28日、厚木基地に米軍の重武装した先遣部隊が着陸した。この日、新聞に妙な求人広告がでている。特殊慰安施設協会の名で「職員事務員募集」と大きく打ちだされていた。これが占領軍相手の「特殊慰安婦施設」であり、職員ならぬ接客婦の募集であることは大抵の人の目にも明らかである。 
   《半藤一利 「ソ連が満洲に侵攻した夏」》


●「テキサス村」=韓国の東豆川米軍基地にあった、米国軍人用の慰安婦施設。

ベトナム戦争当時の韓国兵とベトナム人慰安婦の間には、ライタイハンと呼ばれる混血児が3万人生まれて、社会問題にもなっている。一方、日本兵と慰安婦との間に混血児が多数生まれたという話は聞いたことがない。そんな事実があれば、そうした人々が大声で権利を主張しているはず。つまりこれも、「奴隷制度」ではなく、「管理売春」であったことを示す証拠なのである。
    《井沢元彦 「SAPIO 2007/8/8」》


今、この瞬間にも、脱北女性らが数万円で中国の農村に売られ、「性奴隷」にされている。なかには逃げられないように鎖で足を縛られている女性もいる。これは北朝鮮と中国の両独裁政権の共犯で行われている許し難い人権侵害だ。
    《西岡力 「よくわかる慰安婦問題」》


国連は世界中でPKOを展開しているが、しばしばそこで売春やレイプが起こる。例えば、コンゴ民主共和国にはMONUCというPKOが展開されており、途上国の兵士が多くを占める。彼らは国連からの支給で、比較的お金を持っている。

●ところが、コンゴの1人当たり年間所得は100ドル前後、1日30セントほどである。これは平均だから、もっと貧しい家庭がある。そして極貧の家庭の娘が、家族を支えるため、極端な場合には1杯のミルクのために兵士に近づき、身体を売ることがある。
      《北岡伸一 中央公論2007/9月号》


「韓国」は在韓米軍に「慰安婦」を提供していた!
韓国政府自らが、かって在韓米軍に「慰安婦」を積極的に提供していたとの証言が飛び出した。
<元売春婦らが、韓国と米国が基地付近の売春を可能にしたと述べる>――。
今月8日、米紙『ニューヨーク・タイムズ』が、こんな見出しの記事を掲載した。同じ記事は同紙傘下の『ヘラルド・トリビューン』紙翌日付にも掲載されているが、いずれも国際面と1面で半分近くの分量を割いた記事だ。 執筆者は、両紙のソウル特派員である崔相薫(チエ・サンフン)。
 
●<韓国は長年にわたって、旧日本軍向け売春施設で韓国やその他の地域の女性が働かされていた戦時下の最も醜い歴史の一章、いわゆる従軍慰安婦問題について、日本政府がその責任範囲を曖昧にしていることを厳しく批判してきた> という書き出しの後 、記事はこう続いている。

<そしていま、今度は、韓国の元売春婦グループが、北朝鮮から韓国を防衛していた米軍兵士を相手に、自分たちにセックスをするよう奨励するという、別種の虐待を行なったとして、自国の元指導者を告発した。彼女たちはまた、韓国の歴代政権および米軍が、1960年代から1980年代にかけてセックスビジネスに直接かかわり米軍兵士が性病に罹らないように売春が行なわれるよう、性病検査および治療体制を共に構築したとして、利用者を告発している> <これらの女性たちは、(中略)韓国自体の歴史を厳しい目で検証することをせずに日本からの賠償を求めるのは偽善だと、歴代韓国政府を非難している>
 
●そして崔記者は実際に米兵士相手の「慰安婦」だったという金愛蘭(キム・エラン)さん(58)に取材し、
<韓国政府は、米軍相手の大手売春斡旋業者でした>という指摘や、<政府はGI相手にできるだけたくさん商売するよう熱心に奨励し、私たちを“ドルを稼ぐ愛国者”として賞賛したのです>との悲痛な訴えを引き出し、
さらに、他にも7名の元「慰安婦」らに取材した結果、
<米韓当局は、番号札を用いて女性を識別し、兵士達がセックスの相手をより容易に見分けられるよう、売春宿に番号札の着用を強要していたと女性たちは述べる> <性病に感染していると見なされた売春婦たちを韓国警察が連行し、女性たちによれば、窓に鉄格子がはまったいわゆる“モンキーハウス”と呼ばれる監視施設に監禁したという。この施設で、売春婦らは性病が治癒するまで治療を受けることを強要されたという>などの証言も得られた。
 
●同紙が独自に韓国および米国の公文書を調査した結果、
<これら公文書の中に、女性たちの主張の多くを裏付けるものが見つかった>
韓国では売春は違法であるにもかかわらず、基地付近での売春を韓国も米軍も容認していた、何十年にもわたり明らかであった>とも指摘。
            《週刊新潮2009/1/22》


●06年12月2日、NPO法人の北朝鮮難民救済基金とカチン女性協会が、東京の中国大使館前で抗議活動を行った。1つは、中国政府がこれまで脱北者を逮捕しては北に送り返してきたことに対して。送還された者は収容所送りとなり、拷問され命を落とす例も少なくない。

●もう1つの訴えは、ミャンマーのカチン州の女性たちが中国人によって蹂躙されているというものだ。カチン族はミャンマー政府と対立関係にあり、ミャンマー政府と結託した中国商人らによってカチン族の女性たちが中国に売られ、杭州・湖南・南京・北京・長春など中国全土に送られて、売春などを強要されているという。
   《櫻井よしこ 「日本よ、勁き国となれ」》


●韓国軍はベトナムで何をしたのか。
ベトナムの、かつてゴダイ集落と呼ばれた農村部は、ベトナム戦争時、韓国軍による「ゴダイの大虐殺」があった。
ベトナム問題に詳しいフォトジャーナリストの村山康文氏は、先月末までベトナム戦争時の激戦地を訪れた。
このゴダイ集落を訪れた時、韓国軍による大虐殺のすさまじさを知ったという。
集落全体では、66年1月23日から2月26日にかけて、1004人の民間人が虐殺されたという。

●15発もの銃弾を受けながら奇跡的に生き残ったタイヴィン村のグエン・タン・ランさん(62)が、当時を振り返る。
「韓国軍が村に来たのは朝9時ごろ。100人以上の歩兵が次々と村に入り、全25世帯、65人の村人を一か所に集合させました。韓国兵はその中から、年頃の娘を見つけると、彼女を集団から引き離し、村人の前で輪姦を始めたのです。兵士たちに銃を突きつけられた娘はなす術なく、代わる代わる暴行されました。そして、最後の兵士が事を済ませると、彼女を撃ち殺したのです。その一部始終を見せつけられた村人が怒り狂い、韓国兵に襲いかかろうとしましたが、その場で射殺されました。韓国兵は私たちを1度に殺さず、数人単位で射殺していきました。私の両親や親族も殺されました」
ここではゴダイ集落で虐殺された380余人の名前が刻まれた慰霊塔が建っている。そこには「韓国軍が行った非道は忘れない」という内容の文字も書かれていた。

●ベトナム戦争最大の激戦地のひとつ,ナダン。そこから20キロほど南へ下るとハミ村がある。68年2月25日、135人もの民間人が無差別に殺された「ハミの虐殺」の地である。
犠牲者の慰霊廟が建てられていた。荒れ果てた野原に建つ慰霊廟の横には、犠牲になった135人全員の名前が彫られた石碑があった。女性が97人も含まれ、生年月日から紐解くと0~9歳までの子供が57人も確認できた。殺戮と破壊---これがベトナム戦争で韓国軍が行ったものだと、現地の人々は口をそろえた。

●ベトナム戦争当時にサイゴン支局長を務めていた元朝日新聞記者の井川一久氏がいう。
「当初の韓国軍の主な任務は『ベトコン掃討作戦』でしたが、68年以降は『農村の無人化作戦』に変わりました。わかりやすくいえば、反米の南ベトナム解放戦線が大半を支配していた農村部を壊滅状態にすることです。戦場でベトナム人を見つけたら。女、子供問わず抹殺するのが仕事。彼らはベトナム人を人間だと思っていなかった。女性を見つけたらレイプした。単独ではなく輪姦です。そして用が済めば殺す。もはやマニュアル化していたように、彼らは凶行を繰り返していた」

●こうした韓国軍の行為が明らかになるにつれ、反韓感情がベトナム人の間で湧いていったという。井川氏が続ける。「ベトナム人たちにとって韓国軍は"アメリカの金を目当てにやってきた傭兵"という認識でした。
彼らには何の大義もない。それどころか犯罪者集団だという人もいた。支局長時代、ベトナム人の助手に、韓国軍の取材に行くといったら"私は行けません。彼らの前に立つだけでも吐き気がする"と拒否されました」

●実は、ベトナムでの韓国軍による蛮行を、当事者である韓国人が知ったのは99年で、戦争終結からかなりの年月を要していた。
発端は週刊誌『ハンギョレ21』(99年5月6日号)が始めた1年以上にわたる連載記事だった。
記者がベトナム当局から資料を入手し、現地取材と生存者への接触を重ね、韓国軍による殺戮の実態を白日の下に晒した。とくに殺害方法に触れた箇所は凄惨を極める。生存者の証言を元に韓国軍の民間人虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通したパターンが見られた。
◆子供たちの頭を切り落とし、手足切断して火に投げ込む
◆住民をトンネルに追い詰め毒ガスで窒息死させる
◆女性たちを次々と強姦したあと殺害
◆妊婦の腹から胎児が飛び出すまで軍靴で踏みつける
…まさに韓国兵のタブーに初めて切り込んだ記事だった。しかし、長く封印されてきた蛮行を暴いたことに、政権は怒り、元軍人たちも大反発した。同誌を発行する本社の幹部が、退役ベトナム参戦軍人らに監禁、暴行される事件まで起こった。

●ベトナム戦争では、戦争の特需にあやかろうと建設業者や運送業者、飲食施設経営者など、総計1万5000人もの民間人が韓国からベトナムに渡っていた。中でも外国人相手の売春斡旋業に手を染める韓国人は少なくなかった。
「米国や韓国軍の駐屯地に近い都市には、韓国人経営のナイトクラブ、バー、キャバレー、ホテルなどが密集していて、その多くは売春施設でもあった。風俗産業の相当の部分が韓国人に握られていたといっても過言ではない。その種の事業に関係する日本人は私の知る限りは2人だけでしたが、韓国人は数百人単位でいた」(井川氏)

●朴槿恵大統領は昨年、抗日運動の記念日(3月1日)に、「加害者と被害者の立場は1000年経っても変わらない」と演説し、日韓に横たわる歴史認識の相違に徹底的に固執する態度を表明した。
ならば、韓国軍によるベトナムの歴史についてはどう考えるのか。
韓国政府はいまだに民間人の虐殺やレイプについて、その存在を認めてはいない。
両国の国交正常化から6年後の98年、金大中大統領がベトナムを訪れ、「ベトナム国民に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と謝罪した。虐殺やレイプに触れたわけではない。それでも強い反発を見せたのが、当時野党のハンナラ党副総裁の職にあった朴槿恵大統領だ。「(韓国軍)勇士の名誉を傷つける言動だ」と猛烈に批判したのである。朴大統領は、昨年9月にベトナムを訪問しているが、謝罪はおろか、ベトナム戦争の歴史には一切触れなかった。
       《週刊ポスト 2014/3/28》


●中国では子供の誘拐や失踪は非常に多い。そのパターンは、駅前など人が集まる場所で仕事を探している青年を騙して連れ去ったり、半ば誘拐のような形で連れて行ったりするもの。村に仲介人が尋ねてきて、「よい仕事があるから」と連れ去るものもある。女性の場合は売春のために売り飛ばされたり、農家の嫁として買われたりする。

●山西省のレンガ工場でも、騙されて連れてこられた少女が工場長の性奴隷にさせられていたという報道もあった。工場長は50元(約750円)で少女に出稼ぎ労働者の相手をさせ、給料は1元も払わず、最終的には少女の身内が2千元(約3万円)で彼女を請け出した。

●ユニセフのウェブサイトによれば、中国では毎年1万人の女性と児童が誘拐及び売春されているという。しかし正確な数字は把握されていない。
    《田中奈美 新潮45 2009年10月号》



        



●(中国)国軍の総指揮部と縦隊、支隊司令部には、雑役をするという名目で集められた民間の若くて器量のよい女性が配置されていた。彼女たちは軍服を縫い、布靴を修理し、洗濯をし、飯を炊いた。彼女たちは家に持ち帰ってそれをするか、朝早く来て夜に帰ることを望んだがかなえられず、例外なく軍営所に泊まることを義務付けられた。毎回8から10人、1週間ずつ交替であったが、当番になった女性は殆ど強姦され、この前後で強姦された女性の数は数百人に上ったという。

●ある者は帰宅後に悲しみ怒り精神がやられてしまい、輪姦をされてそのまま自殺してしまった女性もあった。たくさんの民がこの軍の蛮行に対し激しく怒り、恨みを刻んだ。

●1944年12月24日夜、重慶の歌楽山で軍統局が主催する中米合同のクリスマスパーティが催されていた。このパーティでは舞台の上で歌劇が披露されていたが、舞台下での秩序は大きく乱れていた。
中統局長の戴笠は特別に用意した数十名の美女をアメリカ軍の将校のダンスパートナーとさせたが、そのうち何人かは強姦されてしまった。結果的に政府が表に出て中国を援助してくれる友軍に、慰安婦をあてがったのである。
      《趙無眠 文芸春秋2006/11月号》



韓国政府が「米軍慰安婦」に訴えられた!

●「天に唾するとは、まさにこのこと」 
こう喝破するのは現代史家の秦郁彦氏だ。「慰安婦」で執拗に日本を攻撃してきた朴槿惠大統領が、自国の慰安婦問題で”自爆”した。朝鮮戦争が終わった50年代から80年代にかけて、在韓米軍基地周辺で米兵相手に売春をしていた元慰安婦122人が、25日、韓国政府を相手に1人1千万ウォン(約100万円)の国家賠償を求める集団訴訟を起こしたのだ。

「私は以前から『戦場と性』は切っても切れない関係にあると言ってきた。第二次大戦中の日独は軍が管理する慰安所型、米英は民間経営の売春宿利用型、そしてソ連はレイプ黙認型でした。このなかで日本の『従軍慰安婦』だけが問題視されてきたのは不当だと、はっきりしたわけです」(秦氏)

●米兵相手の慰安婦たちは「洋公主」(外国人向け王女)、「UNマダム」(国連婦人)と呼ばれ、「基地村」といわれた地区で売春していた。当時、基地村は韓国全土に62ヵ所あり、そこでは9,935人の女性が生活していた。

●外交評論家の加瀬英明氏がこう言う。「私は65年の日韓国交樹立前後に韓国に足しげく通いましたが、『東亜日報』をはじめ韓国の主要新聞で『慰安婦募集』の記事や広告をよく目にしました」

●各基地村には、慰安婦たちが性病にかかると強制的に収容する性病管理所があった。そこは鉄格子がはめられ「モンキーハウス」と呼ばれていた。そして、性病感染が完治するまで通常よりも過剰なペニシリン注射を投与され、そのショックで死亡した女性も少なくなかった---。

●こうした米軍慰安婦の実態を、本誌はこれまで何度も追及してきた。昨年11月、韓国の最大野党・民主党のユ・スンヒ議員が「国が米軍慰安婦を組織的に主導した証拠」として提出した性病対策資料「基地村浄化対策」も本誌はスクープ入手している。表紙には、朴槿惠大統領の父親である朴正煕元大統領の直筆サインが書かれている。「このサインこそ。韓国政府が基地村を直接管理していた証拠といえるでしょう」(秦氏)

●韓国政府は「国策」として慰安婦制度を推進していた。それを裏付ける元慰安婦の証言が、09年1月7日付の米「ニューヨーク・タイムズ」に掲載されている。「韓国政府は米軍相手の大手売春斡旋業者でした。政府はGI相手に、できるだけたくさん商売するよう熱心に奨励し、私たちを”ドルを稼ぐ愛国者”として賞賛したのです」

●じつは、米軍相手だけではなく、韓国軍相手の慰安婦も存在したと、前出の加瀬氏が明かす。「韓国の学者グループの研究によれば、情報機関が普通の娘を拉致して慰安婦にしたという証言がある。56年に編纂された『後方戦史(人事編)』には、1人が1日6回以上、韓国兵を相手にしたという記述もあるんです。実際、韓国の慰安婦は軍による性奴隷だったと断定されています」  
       《FLASH 2014/7/15》


●許文龍(台湾の大実業家)…「慰安婦は日本軍が特別予算を組んで、仲介業者を通して集められた。当時生活が苦しかった庶民家庭は、12,3歳の娘を娼婦として身売りすることが少なくなく、業者は娘の親たちと双方が納得する条件で売買取引を行った。
軍妓(軍用慰安婦)の問題は、戦後も金門島に「軍中楽園」が設置され、国民党政府は私娼や夜鷹をそれこそ強制連行して慰安婦にさせていたではないか」
《金美齢 「入国拒否」
 他の著書「私は、なぜ日本国民となったのか」》



●「韓国軍にも慰安婦がいた」と最初に告発した、漢城大学教授・金貴玉氏も『軍隊と性暴力---朝鮮半島の20世紀』(2010年 現代史料出版)で、韓国軍「慰安婦」は「性奴隷」であったと論じている。
金氏は朝鮮戦争ではさまざまな国家暴力が行なわれたとして、陸軍本部が経営した慰安所(特殊慰安隊)について説明している。それによると、慰安所が設けられたのは〈軍人の士気昂揚、性欲から来る欲求不満の解消、性病対策〉からだという。

●陸軍本部の資料から分かっているだけで、1951年から1954年まで〈ソウルの三ヵ所、江陵、その他〉に特殊慰安隊が設置され、このうちソウルと江陵に収容された慰安婦は89名。1952年にそこを訪れた兵士の総数は20万4千人あまり(特殊慰安隊の「実績統計表」から)という。
金氏は、〈一人の「慰安婦」が一日に六回以上「慰安」を強要されていたことがわかる。また「出勤慰安」の場合、日に、二,三十回の「慰安」を強要されたものと考えられる〉という。

●そのうえで、こう述べている。
〈「慰安婦」として働くことになった女性たちは、「自発的動機」がほとんどなかった。ある女性は十代後半の未婚女性で、ある日、韓国軍の情報機関員に拉致され一日で「韓国軍慰安婦」へと転落した。彼女はこのことの証言を拒んだが、拉致した工作員二名によりこの事実が証明された。
すべての「慰安婦」がこのようであったと推定することは難しい。だが、ほかの「慰安婦」にされそうになった女性の証言からは、いわゆる「アカ」と呼ばれた状況におかれたため、軍人に殺されるかも知れないという恐怖心から「慰安婦」になることを拒めなかったことがわかる。また、強姦の結果、「慰安婦」とならざるを得なくなったケースもある〉

●この「特殊慰安隊」については、ソウル大学教授・李榮薫氏も『大韓民国の物語』(2009年 文芸春秋)で悲惨な現実を綴っている。
〈少し驚かれるかも知れませんが、軍による管理売春は朝鮮戦争当時にも存在しました。ソウル、春川、原州、江陵、束草などに設置されていました。私が会うことができたある従軍経験者によれば、春川の昭陽江の川辺にはいくつもの天幕が張られており、兵士たちがずらっと列をなして順番を待っていたといいます。日本軍が慰安所の前で列をなしていた光景と少しも変わるところがないと思われます。

●これ以外にも各部隊は部隊長の裁量で、周辺の私娼窟から女性を調達し、兵士に「補給」したのです。私はその「補給品」をトラックに積んで前線を移動して回った元特務上等兵に会ったことがあります。彼によれば、ドラム缶に女性を一人ずつ入れて最前線まで行ったといいます〉
《山際澄夫
すべては朝日新聞から始まった「慰安婦問題」」》


●1942年、ドイツ国防軍は約500の売春宿を運営していた。これら売春宿の設立、監督、経営維持は、占領各地区の軍司令部の管轄事項であった。ドイツ国防軍は軍の専属施設としてこれを利用し、いわゆる女郎屋の女主人が売春婦の確保に努め、その代わりに収入の半分を手にした。

●他方、東欧のポーランドや旧ソ連地域には公娼制度が存在しなかったので、前線司令部の命令で人さらいのような「強制連行」が少なからず行われていた。以下、軍事衛生問題研究家フランツ・ザイドラーの『売春・同性愛・自己毀損---ドイツ衛生指導の諸問題 1939~45年』(1977年刊)を典拠に紹介する。

●若い娘で、労働力投入への呼びかけに応じてドイツに行くのはいやだといって拒んだ者は、二者択一として、国防軍売春宿に勤務する以外に選択の余地はなかった。ユダヤ女性に対してさえもこの二者択一が提案された。

●南ウクライナでは、軍が建てた売春宿が病気の発生源となった。打つ手がなく、ほとほと困り果てた。
すると軍事刑罰法典が改訂され、被占領地区において強姦を犯したドイツ軍人の処罰が寛大に扱われるように改められたという。つまり、市民の一般女性で問題を解決しようとしたのである。
ポーランドやルーマニアやウクライナやロシアの女性にドイツ兵が武器で威嚇して手籠めにし、強姦行為を果たしてもまあ大目に見てやってほしい、という公式文書である。

●西欧でも東欧でも、占領地におけるドイツ国防軍の売春婦たちは、一度監禁されれば、衛生管理の見地からも自由行動を封じられた。まさに「女奴隷」であったことは紛れもない事実である。
    《西尾幹二 WiLL 2014/12月号》



●今、中国人民解放軍だけの慰安婦がいる。80万人以上いる。
また中国は世界各国に2千万人も中国人慰安婦を輸出している。
    《鳴霞 チャンネル桜2015/1/24


韓国軍にベトナム慰安婦がいた!

●アメリカには、国立公文書記録管理局、通称「NARA」と呼ばれる組織がある。政府の公文書や歴史的価値が高いと判断された各種資料を保管する米政府の公的機関で、全米33ヵ所に公文書管理施設を持ち、40億枚の紙、30万本の映像などを保管・公開する世界最大の公文書管理組織だ。

●ベトナム戦争時の韓国軍に関する公文書は全米各地に点在している。私は、ワシントン支局長としての日々の業務の合間を縫って、関連の文書を大量にコピーし、支局に持ち帰っては読み込む作業を続けた。

韓国兵の蛮行の記録は、本格派兵直後の65年から始まっていた。戦地で市民の虐殺、強姦から、サイゴンなどの都市部での為替偽造、物資の横流し、麻薬密売に至るまで、ありとあらゆる犯罪記録が大量に残されていた。

●米軍司令部は韓国軍司令部に対して繰り返し書簡を送り、違反者の訴追と再犯防止を求めたが事態は悪化の一途をたどった。70年には、アメリカ連邦議会下院の外交委員会で、韓国軍による残虐行為を追及する特別調査チームが作られる事態まで発展した。

●そして私は、一通の書簡に行き当たった。その書簡は、サイゴン市のアメリカ軍司令部から、同じくサイゴンの韓国軍司令部に送られたものだった。宛先は、ベトナム駐留韓国軍最高司令官・蔡命新(チェ・ミュンシン)将軍だ。その中に、サイゴン市中心部にあったという「トルコ風呂」という犯罪行為が指摘されていた。この「トルコ風呂」について書簡は、「売春行為が行われていて、ベトナム人女性が働かされている」と説明している。米軍司令部がこの施設を「韓国軍の韓国兵のための慰安所」であると断定している。

●私は、当時の米政府の退役軍人省のデータベースを調べたりして、連絡先の判明した関係者に虱つぶしに手紙やEメールを送ったり、新聞に情報提供を求める広告を出したりした。すると、ほどなくしてEメールが来た。ハンス・イケス氏(70)。
「『トルコ風呂』は、当時サイゴンにいた人の間では、「射精パーラー」と呼ばれていました。若いベトナム人女性から性的サービスを受けることが出来たからです」

●ベトナム戦争を戦った経験のある米軍OB、アンドリュー・フィンライソン氏(70)。彼は退役後、紛争地域の軍事顧問団として活躍し、ベトナム戦争に関する著作も発表している研究者だ。フィンライソン氏は語る。
「米軍司令官が指摘している韓国の慰安所とは、韓国軍の兵士に奉仕するための大きな性的施設です。韓国兵士にセックスを提供するための施設です。それ以外の何ものでもありません」

●韓国軍が、なぜサイゴン市内に大規模な慰安所を作らなければならなかったのかを尋ねると、フィンライソン氏は即座にこう答えた。
「韓国兵がベトナム人女性をレイプしたり、個別に性的関係を持ったりするのを防ぎたかったからです。また、韓国軍将校が農村で女性を売春婦として囲う恐れもあり、こうした行為はベトナム社会と韓国兵の間で政治的トラブルに発展する危険性がありました」

●「また軍にとっては性病も重大な懸念でした。慰安所ならば慰安婦の傾向を管理できます。当時南ベトナムでは性病が深刻な問題になっていて、特に梅毒が蔓延していました」

●「こうした売春施設で働いている女性はほぼ例外なく農村部出身のきわめて若い女性でした。彼女達が施設に来た理由は様々です。貧困のために家族に売られてきた少女もいたし、自らの意思で来た女性もいた。彼女たちは、職を失って慰安婦となった。騙されて連れてこられた女性も当然いたでしょう」

●先の書簡には、この施設は韓国兵専用の慰安所として設立されたが、米軍など友軍の兵士も特別に利用することができ、その場合は1回につき38ドルが請求されたと書かれている。

●こうした韓国軍兵士向けの慰安所はサイゴン市内だけでなく、韓国軍が駐留する多くの都市に設けられていたという。
《TBSワシントン支局長・山口敬之氏
            週刊文春2015/4/2》

…日本軍の「慰安所」と、いったい何か違うというのか。(管理者)



●慰安婦自体は、あらゆる戦争において例外なく存在します。戦後の日本や韓国にも、米兵を相手にした慰安婦が働いていました。ドイツやイタリアでも同様です。
そもそも「慰安婦は必要なのか」という問いに女性の人権の観点から応えれば、答えは“NO”でしょう。しかし、善悪を抜きにして「戦争に慰安婦あり」というのはいまも昔も変わらぬ世の習いです。日本だけが責められる理由は何もありません。

●私が知るかぎり、レイプや虐殺が世界で最も酷かったのはソ連赤軍です。極論すれば、ソ連の戦争犯罪が酷いのは、慰安婦が存在しなかったからでしょう。慰安婦がいないから、前線で手当たり次第に婦女を暴行する事例が多いのではないでしょうか。
《ケント・ギルバート Voice 2015/3月号》


●国連平和維持活動(PKO)部隊が派遣される地域と言えば、世界で最も困窮した場所であることが多い。そんな土地の女性たちと、PKO部隊が金品と交換で性交渉を行なっていたことがわかったと、6月11日、英紙デイリー・テレグラフが報じた。

●「国連内部監査部が作成した報告書の草稿がメディアに流出したようです。その報告書によると、2008年から13年の間に約480件の性的搾取や虐待の申し立てがあり、その3分の1以上は18歳未満の少女や子供からだったというのです」(国際ジャーナリスト)。

●なかでも2010年に大地震被害にあったハイチでは、女性数百人に面談したうち231人が物資と引き替えに性行為をしたという。

●現代史家・秦郁彦氏…「兵士として不名誉なことですが、軍隊と性というのは古来、厄介な問題です」
「慰安所を設置した日本やドイツ、韓国と違って英米は自由恋愛が建前で、兵士の買春を黙認してきた歴史があります。そうなると、恋愛と買春、性暴力の線引きが非常に難しい」
         《週刊新潮 2015/6/25》


●文化大革命時代の1970年代の中国では、世界史上ないくらいの酷い女性の人身売買があった。
売り手側は、彼女らが逃げないように牢屋の中ではスカートを脱がし、目も潰した。彼女らは猫より安い金額で袋に入れられ、売られていったのである。
     《鳴霞(元中国共産党員)
          チャンネル桜2015/9/19



●北から連行された若き女性が韓国兵の「性奴隷」にされていた。
韓国軍慰安婦の存在が初めて韓国メディアで報じられたのは2002年2月。慶南大学の金貴玉・客員教授(現・漢城大学教授)が「朝鮮戦争中に韓国軍慰安婦がいた」という調査を、立命館大学の国際会議席上で発表したのである。このことは『朝鮮日報』をはじめとする韓国の主要メディアで大きく報じられ、韓国社会に衝撃を与えた。

●金教授が根拠の一つとして挙げたのが、1956年に韓国陸軍本部が編纂した公式資料『後方戦史・人事編』にある記述だ。そこには朝鮮戦争(50~53年)時の「特殊慰安隊」設置の経緯が次のように記されていた。
「士気昂揚はもちろん、長期間の戦闘で異性に対する憧憬から惹起される生理作用がもたらしうる性格の変化、憂鬱症やその他の支障を未然に防止するために、特殊慰安隊を設置することになった」

●韓国陸軍はそうした組織を公式部隊として運営していたことが判る。慰安隊として4部隊が配置され、計9ヵ所に89名の慰安婦が動員された。

●ベトナム派遣軍最高司令官を務め、退任後は駐スウェーデン大使などを歴任した蔡命新氏は回顧録『死線幾たび』(94年)で、「兵士には戦場で勇敢に戦った功績と勲章の数に応じて、慰安部隊利用チケットが与えられた」と振り返っている。

●金教授は昨年発表した論文の中で、「こうした韓国軍慰安婦はもともと北朝鮮領内にいた人たちで、それまで売春とは無縁であった女性たちを占領地域から連れてきて慰安婦にしていった」という北朝鮮出身女性の証言を紹介している。

●金教授は関係者への聴き取り調査により、「51年7月に停戦協定が始まり戦況が小康状態になると、韓国軍兵士は朝鮮人民軍に従軍していた『北朝鮮民主女性同盟』所属の10代後半から20代後半の若い女性を連行するようになった。慰安婦にされた女性には中学生ほどに見える人もいた」との証言も得たという。

●金教授が02年に韓国軍慰安婦問題を提起した直後の韓国国防部の動きは素早かった。彼女の所属大学に「韓国軍慰安婦関連の研究活動を自制せよ」と“警告”を発し、国防部傘下の軍史編纂研究所に保管されていた前掲の『後方戦史』を棚から撤収、閲覧を不可能にしたのだ。
また、これに呼応するかのように、冒頭で紹介した主要紙による02年の「韓国軍慰安婦報道」もオンライン上からことごとく姿を消した。筆者はわずかな手掛かりから資料の入手に成功した。
    《藤原修平 SAPIO 2015/6月号》


●IS、女性誘拐し性暴力
過激派組織「イスラム国」(IS)によるイラクの少数派ヤジディ教徒の迫害について、同教徒のイラク国会議員、ビアン・ダヒルさんが14日、米ニューヨークのシンクタンクで開かれた討論会で証言した。
討論会のテーマは、紛争下の性暴力。クルド系のヤジディ教徒に対し、ISは「悪魔を崇拝している」として、集落をたびたび襲撃。男性を殺害したり、女性や子どもを奴隷にしたりしているとされている。

●ダヒルさんによると、昨夏以降、ヤジディ教徒の少女約5千人がISに連れ去られ、性暴力などの被害を受けた。ISは9歳の少女も性暴力の対象にして、年齢や容姿で値段をつけて市場で売買しているという。中には10回以上も繰り返し売買されたり、たばこ1箱と交換されたりしたケースもあるという。
         《朝日新聞2015/4/17》

※日本の「人権派」の連中よ、70年前の「高待遇売春婦」を言い募るよりも、現在進行形の「性奴隷」こそ、糾弾せよ!(管理者)




●現在、日本には韓国人売春婦が5万人いる。韓国は売春大国である。
       《水島総 チャンネル桜2014/3/8》

●盧武鉉政権のときに売春宿を厳しく取締まったために、「売春をさせろ」というデモが起きた。それで売春婦が日本にやってきたのである。
       《西岡力  〃  》

【12月28日更新】

●韓国軍は旧日本軍とそっくりの慰安所を設置していた。
最近になって「韓国も日本と同罪だ」と批判する女性研究者が出現した。とくに朝鮮戦争(1950~53)時に韓国軍が設置した慰安所の実績統計表を、陸軍本部の『後方戦史(人事篇)』から見つけた金貴玉・漢城大学教授の論文は2010年に邦訳もされたが、あまり知られていない。

●この論文によると、慰安婦たちは「第5種補給品」(物品扱いなのだ!)と呼ばれ、1952年だけで延べ20万人余が1日あたり6.5回、時には20~30回の性サービスを「強要」されたという。
そして「韓国軍性奴隷の問題を隠し続け、今でも反省の色を見せていない」韓国の国家権力を批判している。

●わが国とちがい、韓国や中国などでは学術研究の領域でも「利敵効果」が生じかねない言動は「売国」と指弾され、生命の危機も覚悟せなばならない。それだけに金教授の勇気ある発言には敬意を表したい。
       《秦郁彦 正論2013/8月号》



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【従軍慰安婦】
慰安婦強制連行の嘘
/もう完全に論破されている
河野談話/韓国とのいい加減な妥協の産物
慰安婦問題を煽動する者/朝日新聞と左翼の連携作戦
慰安婦連行の実態/いくらでも募集できたので強制など必要なかった
慰安婦に対する軍の関与/彼女たちを守るための関与
慰安婦の日常/豊かで楽しそうだった彼女たち
他国の慰安婦/日本以上に酷い実情