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中国人の尊大さ

世界で最も偉大なる国・中国。 
もちろん、その称号にふさわしい
振る舞いであるはず…


●古来、中国人は自らを「華人」と称してきた。「華人」とは「文明人」という意味である。 「中華」とは世界唯一の文明という宣明である。こんな言葉を国名にした国がいったいどこにあろうか。
《谷沢永一
日本人が日本人らしさを失ったら生き残れない」》



●「みなさん、下に見えるのが、偉大なる祖国の首都北京です」、中国の旅客機が北京に近づくと、こんな放送が流れてくる。
      《上村幸治 週刊毎日2006/6/18》 


●古来、支那人の中華思想は世界に類例を見ないほど尊大であった。フランスの中華思想は単に欧州の中心という意識にとどまるのだが、支那人は昔から支那の統率者とは考えず、宇宙の支配者であると位置づけた。即ち、漢人の文化は世界最高の域に達した究極の文明なのである。故に漢の文物を生んだ中原の地を取り巻く周辺を僻陬の地と貶価して、「南蛮北狄東夷西戎」と呼ぶ。

「蛮」=蛇の種族 「狄」=犬の種族 「夷」=礼儀知らず 「戎」=野蛮人異民族…これらに属する人物の名前を正史に記す場合、意識的に汚れを示す文字を当てる。
  《谷沢永一
  「「新しい歴史教科書」の絶版を勧告する」》


過去を振り返ってみても、中国という国は対等のパートナーを持ったことなどありはしない。せいぜい上下関係、あるいは他国を併合してしまうことばかりだ。このことを我々は肝に銘ずべきだ。
      《石原慎太郎 文芸春秋2005/6月号》


●「中国人は外交の天才だ」と思っているが、それは大きな誤解である。実際、中国の外交はだいたい失敗の連続である。そもそも中国人が外交上手なら、19世紀末から20世紀にかけてあれだけ欧米から好き勝手に領土をむしり取られたりするわけがない。さらに言えば、外交の延長である戦争においても実績はない。

●その外交下手の原因は「華夷秩序」にある。中国は日本や他の国に対する外交でも、とにかく威圧的に振る舞えばいいと考えてしまう。まずは強気に出て、それから相手の反応を見てあとのことを考えればいいと思っているから、これでは外交交渉がうまく行くはずはない。対等な外交交渉をやってきた経験が殆どない。
  《日下公人 「闘え、日本人 [ 日下公人 ]」》



●そして自分たちこそが礼を知る最も道徳的に優れた民族であり、世界の中心だと考えるのが「中華思想」。それによれば、生野菜を食べたり混浴したりするような、「礼」に外れる日本人は「東洋倭人」(東の野蛮な日本人」ということになる。

●韓国と北朝鮮もまた、この中華思想を分有している。朝鮮は李朝時代に中華の礼を受け入れ、15世紀から厳しい思想教化を行った。それは宗主国に対する「精神的勝利」のためで、儒教の礼をより忠実に実践しているとの自負心から、彼らなりの中華思想を抱くようになっていった。
そして1644年に明が”野蛮人”の女真族に滅ぼされ、清が建国されると、朝鮮は自分たちこそが中華の礼を受け継ぐ者だという「小中華思想」を肥大化させていったのである。

●ところが近世になって西洋の襲撃を受け、日本に植民地統治されると、「夷狄」日本に占領されたという劣等感が生まれる。そこで戦後は儒教教育の復興が叫ばれ、小中華思想の復活によるプライドの再構築が図られた。
彼らの反日運動が、常に日本を「夷狄」として侮辱することとリンクするのはそのためで、この精神構造は韓国も北朝鮮も同じである。

●中・韓・北は、「道徳の劣る日本には何をしてもいい」という「道徳志向性」が根本にあり、こうした相手とは「対話」さえ困難である。
     《古田博司 SAPIO 2006/11/22》
 


●中華思想の源は、衣食住、特に食の作法である礼である。これらの礼は周辺の民族・国とは当然ながら異なることになる。中国からすると朝鮮や日本は、その礼さえわきまえぬ蛮族ということになる。ここに中国の朝鮮や日本への侮辱が生じた。

●また中国から見れば、その侮辱の対象の朝鮮や日本がひれ伏して忠誠を尽くす限りにおいては、貿易その他で恩恵を与えてやることになる。逆にひれ伏してこなければ、本来の侮辱や差別を浴びせてくる。これが中国外交における華夷秩序体系なのである。

●その中華思想や華夷秩序に対し、朝鮮と日本とではかなり違った対応をした。朝鮮は中国のモノを我がモノとして取り入れる「投入」(中国になったつもり)心理が強かった。そこで、中国以外の他者日本等に対して、侮辱を向けるのだ。
     《吉澤国雄 
     「真正保守がこの国の活路をひらく」》


●中国と正式な国交を結ぶためには、朝鮮のように朝貢し臣下の礼を取らねばならなかった。中国は外国との対等な関係を認めない。(册封体制) 日本はずっとこの体制の外にあった。

●しかし民間交流は盛んであった。平清盛は福原を整備し、大々的に日宋貿易に取り組んだ。また栄西や道元が新しい仏教を学ぶために留学したのも、宋だった。日宋間には正式な国交は無いものの、文物の交流は盛んで友好的な関係にあったのである。
     《井沢元彦 「逆説の日本史(6)」》
 


●中国の歴史を振り返ると、現在とよく似た構図の時期がある…

清朝末期、西欧近代文明と科学技術を導入することで、中国の国力増強を図ることを狙った「洋務運動」がそれである。李鴻章ら清朝の高級官僚たちは、アヘン戦争・太平天国の乱を通じて彼我の差を痛感したことで、西欧近代文明を早急に導入する必要に駆られていた。

●「洋務運動」のスローガンは、「中体西用」であった。中国の伝統文化や制度を本体に、西欧の機械文明を手足として利用するという思想である。西欧の機械化された軍備を自前でまかなうために、上海・江南製造局に代表される武器製造廠や造船廠が各地に設置された。その他にも、電報局・製紙廠・製鉄廠・輸船局や、陸海軍学校・西洋書籍翻訳局などが新設され、国力強化の原動力となった。


●その甲斐あって、清の近代化は短期間のうちに急速に進み、とくに北洋艦隊は日本海軍を上回り、アジア最大の艦隊となった。

●しかし、洋務運動は失敗する。「中体西用」の理念にこだわったため、西欧科学技術の根底となる近代的合理主義精神などは殆ど受容されなかったからだ。中国には儒教をはじめとする優れた伝統文化があるのだという理由で、西欧の哲学・思想・宗教などの吸収はなおざりにされたのである。
このため、表面上は近代化が進んだものの、実質は極めて歪んだかたちのものとなり、政治改革も進まなかった。また短期間に工場の増産を急いため、労働者の不満が爆発し、各地で大規模なストライキや暴動が多発した。


●皮肉なことに、清朝よりだいぶ遅れて近代化に取り組んだ日本の富国強兵政策の方が、近代化の真髄を捉えることに成功した。結局、洋務運動は日清戦争で清の敗戦という形で終焉したのである。
洋務運動の失敗後、中国は重要港湾都市や交通の要衝を西欧列強に次々に租借地として明け渡した。そして、列強支配に反発するナショナリズムが勃興し、義和団の乱・辛亥革命と、ナショナリズムが吹き荒れる乱世に突入していったのである。 
       《富坂聰 諸君!2008/10月号》
 


●中国はベトナムと戦争したときに、これは懲罰戦争であるといった。懲罰という言葉を使っている自体が中華思想である。悪いことをした弟のベトナムに対して、兄貴として懲罰するという意識で戦争したのであって、ベトナムと対等の立場で戦争をするという意識はなかった。
            《黄文雄 「売国奴」》


中国人というのは、海外の人としゃべる時には面積と人口を問題にする。そして「我が国は大きい」と言って誇る。
    《金文学 「逆検定中国国定教科書」》


●ディベート・言い合いでは、とにかく一方的に自分の意見だけを主張する。中国に留学した日本の学生に聞いてみたら、「議論の時に相手の言い分に耳を傾けるな」と教わったそうである。
   《北村稔 「日本よ、「歴史力」を磨け」》

●発言時間を1回につき5分くらいにして、出来るだけ意見のやりとりをしましょうと取り決めているのに、中国側の出席者は10分でも20分でも平気で続ける。こちらがやんわり抗議しても意に介さない。
ところが、こちらが5分を少しでもオーバーすると、彼らは必ず抗議するのである。
        《櫻井よしこ  〃  》

●人権問題について告発されると、中国人は「中国における社会主義的人権を、欧米の人権と混同するのは誤りだ」と反論する。「わが国は開発途上にあるのだから、欧米や日本のような人権を認めてしまうと国が混乱する。だから、強力な政治指導者が必要であり、国民の自由がある程度制限されるのはやむを得ない」と堂々と主張する。
…そうした上手な理屈を編み出せる人間が、中国では出世する。これは科挙以来の伝統なのだろうが、文革のときも変わらなかった。 
        《北村稔  〃  》



      



●まことに中華思想は厄介である。それ自体が多くの中国人を不幸にしているのだが、その逆説に気づく中国人はいない。中華思想にNoと言わないかぎり、その不幸は周囲にも及ぶ。隣国間の友好は、対等の上に成り立つ。
        《金美齢 正論2008/7月号》


●アヘン戦争後、「西夷」は力で南京条約、さらに天津条約の条文に、「今後いっさい西夷と呼ばない」ことを明記させるほどだった。
かつて戊戌維新を目指した中国の志士たちは、明治維新の大立者・伊藤博文を政治顧問に迎えようとして「維新」の要訣を乞うた。伊藤は「まず外国人を夷狄と呼ばないことから」と諭した。

●「西夷」から見た中華は…
◇初代総税務司のH・N・レイは中国人を、「アジアの野蛮人」とみなした。
◇ジョージ三世英国王の特使として乾隆皇帝に通商を求めたマッカートニーは、中国人を「半野蛮人」とみなした。
◇英国公使兼香港総督J・F・デービスからも、「半文明中国」とみなされた。
  《黄文雄 「世界が仰天する中国人の野蛮」》


●中国の五輪参加状況…
◇1956年 メルボルン五輪:選手団が現地到着後にボイコット(理由は台湾問題)
◇1960年 ローマ五輪:ボイコット(理由 〃 )
◇1964年 東京五輪:ボイコット(理由 〃 )
◇1968年 メキシコ五輪:ボイコット(理由 〃 )
◇1972年 ミュンヘン五輪:ボイコット(理由 〃 )
◇1976年 モントリオール五輪:ボイコット(理由 〃 )
◇1980年 モスクワ五輪:ボイコット(理由はアフガン問題)
◇2008年 北京五輪:「オリンピックと政治を結びつけるな」と中国政府
             《正論2008/6月号》
 


●他国の問題は国際的関心事であり、自国の問題は内政であると突っぱねる。 
      《田久保忠衛 文芸春秋2005/8月号》


日本の常任理事国加盟阻止のために、アフリカ諸国に日本の悪口を言いふらす中国のような外交は、恥ずかしくて日本人にはできない。
  《三宅久之 テレビ朝日「テレビタックル」》


●支那は日本に対してのみ世界共通語である「支那」を禁止するような、滅茶苦茶な圧力をかけてくる。
        《呉智英 文芸春秋2005/7月号》


●中国人はどこの国に移住してもチャイナタウンを作る。イタリアのローマのテルミニ駅には、中国系の住民が住み着いて治外法権のようになっている。ミラノのチャイナタウンでは、駐車違反を取り締まろうとしただけで4日間も暴動が起きた。他人のことをおもんばかるモラルがない。こうしたことに世界の人々は違和感を覚えている。

●これに対して日本人は、色んな文明や宗教を受け入れる寛容さがある。そして外国へ行っても群れることはない。それは周辺の人々の気持ちを考えているからこそ。だから日本人は外国で好かれる。
         《屋山太郎 正論2007/7月号》


●漢族というのは、ひとたび自分たちが優勢だと判断すると、弱い立場の相手に対して遠慮なく攻撃を仕掛けてくる。

●儒教的なものの考え方にも問題がある。要するに中国人には平等の関係というのは基本的にない。彼らには必ず上下関係しかないのである。そういう国を相手にして「友愛」を求めようとしても無理である。これはDNAレベルの問題だと思う。
   《イリハム・マハムティ 正論2010/4月号》



●ハーバード大学に留学し、帰国後はその身についたリベラル感覚が中共政権に耐えられなくなり、中国を出て日本に長く住むことになった友人は、あるとき、私が台湾独立運動に関わっていることを知りながら、「台湾が独立するくらいなら中国共産党にくれてやったほうがましだ」と言い放ったのである。
これが中華思想なのだ、と痛感した。自由や民主主義の価値を知りながら、彼の頭の中には、さらなる上位概念として中華思想があるのだ。(この友人とは、その後絶縁した)
         《金美齢 正論2010/1月号》



●中国の民というのは、元来即物主義者だ。中国人はすぐケンカをする。お金にからんだことで平気で人を殺してきた歴史を持っている。

●中国の葬式や儀礼には、必ず紙で作ったお金が出てくる。(三途の川を渡るときにわたすものとして等→拝金主義) しかし東南アジアではこういうことはない。
       《原洋之介 「大いなる説得」》


●中国人はというと、じっとせず、うるさくて、自己中心的で利に聡く、商売をしていても「200円の客は200円なりに」・「1万円の客は1万円なりに」の態度を取るのが彼らである。合理的といえば合理的。ふてぶてしく見えて、何か信念を持ってやっているのかと思うと、そうとも限らない。損得勘定ですぐに態度が変わる。
      《三枝誠 新潮45 2005/7月号》


●先日訪れたモンゴルでは、「中国人を見たら殴ってやる」と言う人が何人もいた。モンゴルの輸出品はほとんどが石炭、この石炭の価格を買い叩くのが中国人なのである。トラックで運ぶ運転手もすべて中国人なので、モンゴルの雇用にまったくつながらない。
    《宮崎正弘 FLASH 2014/7/29・8/5》

●中国はいまや世界有数の経済援助大国だ。アジア、アフリカだけで81ヵ国を対象としている。
だが、こうした援助外交でも中国の評価は低い。その国の権力者にワイロを使い、労働者は中国人ばかりで現地の雇用に寄与しないからだ。

●対して日本の評価は高い。「イースター島のモアイ像は、部族間の紛争などが理由で、ほとんどが倒れたまま放置されていた。それを知った日本の重機メーカー・タダノが無償で立て直し、さらに重機まで寄贈した」
         《NPO職員  〃  》


●最初にホームステイで引き取った中国人の女子留学生は、家事は手伝うという約束だった。
ところが一切何もしない。それであるとき注意したが、その女性が何を言ったかというと「日本人、私たちの国で悪いことしたでしょう。だからあななたちサービスするの当たり前」
       《石井竜生 産経新聞 2006/1/4》

●日本に来るまでは日中友好の懸け橋になりたいなど、手紙や電話で哀願を繰り返す。来たとたんにふんぞり返ってしまった。食事でも「中国人は冷たい物は食べません」と文句を言う。(石井・井原夫妻は、1989~97年にかけて横浜の実家にアジア人留学生を下宿させた)
         《井原まなみ  〃  》


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