賢者の説得力ホーム中国について少数民族弾圧

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中国の少数民族弾圧

人民にはやさしい中国共産党。
その「善政」に人民はさぞや涙を流して
感謝していることであろう…


【チベット弾圧】

●中国がチベットに行ってきた弾圧の凄まじさは筆舌に尽くしがたい。生爪をはがしたり、逆さ吊りにして鞭打つなど珍しくもない。凄惨な拷問と弾圧で、これまでに120万人が殺害されたと報告されている。
加えて凄まじい移住政策がある。人口600万人の国に、現在まで720万人の漢民族が入った。しかもそこには少なくとも50万人の軍人が含まれる。

●チベットには今でも労改と呼ばれる強制収容所が多数あり、中国に反抗するチベット人が捕らわれている。逮捕・拘束され拷問を受けているチベット人の数は、その実数さえわからない。(ペマ・ギャルポ氏) 
  《櫻井よしこ 「国売りたもうことなかれ」》



●中国のチベット侵略…チベットは独自の言語・宗教・風俗を持つ、漢民族とは全く違う民族国家である。しかし中国は、なんと第二次大戦が終わって4年も経過した1949年に、勝手に「領有宣言」し、翌50年には軍を進めて侵略を開始し、政治的主権を奪い自国の自治区に組み入れた。「ラマ教という迷信を信じた封建的社会を、我々中国が解放してやった」が名分。
    《井沢元彦 「逆説のニッポン歴史観」》



●チベットは7世紀初頭、ソンツェン・ガムボという王がヒマラヤ山脈の北部に広がる高原地帯を平定して以降、どの国家とも同盟を結ばず、世界最古の中立国として仏教を国の基本としてきた。
それが1951年に中国人民解放軍が突然侵攻して、併合してしまった。 
      《櫻井よしこ 諸君!2005/8月号》



「あいつら、まるで野犬でも狩るように撃ち殺している!」目撃者の悲痛な叫びとともに、「バン、バン」と数発の銃声が雪山にこだまする。直後、登山隊の先頭を歩く1人が雪上に倒れ込んだ。撃たれたのだ…。
中国軍によるチベット人射殺の瞬間をとらえた衝撃的な映像は、たまたま登山に訪れていたルーマニア人のカメラマンによって撮影された。映像は10月14日にルーマニアで放送されると、ネット上の動画投稿サイト「You Tube」などを通して広がり、世界中に大きな衝撃を与えた。

●事件があったのは9月30日の朝。中国チベット自治区とネパール国境地帯にあるチョオユー山の標高5,700m付近を、約70人のチベット人が一列になり登っていた。中国の国境警備隊の目を避けながら、ネパールへの亡命を試みた。(出発から22日目だった)

●ところが中国軍は彼らを発見すると、警告もなしに発砲。背後から撃たれた尼僧はその場で死亡。冒頭の場面で撃たれた僧侶(少年)は捕らえられた後に死亡したという。また、逃げ遅れた約30人が中国当局に拘束されたとみられている。

●一連の卑劣な行為について、中国当局は12日、このような発表をしている。「兵士が違法越境者に対して引き返すように説得したものの、抵抗したために発砲した。正当防衛だ」

●これに対し、チベット人権民主センターのテンジン・ノルゲイさんは真っ向から反論する。「中国軍は何の警告もなく撃ってきたと亡命者たちは証言している。正当防衛と言うが、彼らはナイフすら持っていなかった。ビデオを見ればわかるように、ただ逃げただけだ」実際、ルーマニアのカメラマンが14日に映像を公開したことによって、中国当局のウソは全世界に明らかになった。

●ダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表チョペ・ペルジョル・ツェリン氏はこう訴える。「チベットからネパール経由でインドに、年間約3千人が亡命を試みている。そのうち半分以上は中国軍に捕らえられ、中国に送り返されている。その過程で殺されたり、刑務所での拷問で命を落とす人々は大勢いるのです」現在、約13万人の亡命チベット人がいるという。

●1949年から79年の間に中国当局の弾圧で、全人口の5分の1に当たる約120万人のチベット人が命を落とし、6千を超える寺院が破壊されたという。

●中国は表向き、「チベットでは信仰の自由は保障されている」と主張するが、これもウソである。逃げ延びた僧侶の1人、トゥプテン・ツェリンさん(23)はこう証言している。「私は信仰の自由のために亡命しました。チベットの僧院では中国政府によって『愛国教育』と呼ばれる行為が行われている。全員がダライ・ラマをののしることを強要されるのです」
ダライ・ラマは観音菩薩の化身とされ、チベット仏教の信仰の中心となっている。その人物への侮辱を強要されて、信仰の自由があると言えるのか。
         《週刊朝日2006/11/10》



●1949年、中華人民共和国が樹立されると、人民解放軍は”農奴の解放”を口実にチベットに侵入する。さらに解放軍は反乱の鎮圧を口実に首都ラサを制圧し、このため法王ダライ・ラマ14世はインドへの亡命を余儀なくされてしまう。

●これ以降、中国によるチベットの植民地化が進められた。見せしめのための処刑が当たり前のように横行し、尼僧の強姦、女性に対する強制的な不妊・堕胎手術まで、ありとあらゆる方法でチベット人の抹殺が図られた。
●ペマ・ギャルポ教授…「中国のチベット弾圧は侵略そのものですから”戦争犯罪”といっていい」
           《週刊新潮2006/11/3》


●胡錦濤主席が鄧小平に見込まれたのは、チベット動乱の時に党中央の指示を待つことなく、自ら鎧兜を被って戦車に乗り込み、大弾圧の先頭に立ったからだ。10万人の僧やインテリが無残に殺されたチベット動乱で弾圧の功を立てたことが、彼の最高権力の地位への出発点だった。
      《櫻井よしこ 週刊新潮2006/8/31》


●もうラサは東のラスベガスと言われるぐらいに、中国人がどんどんやってきて、売春・麻薬などでチベットの文化を骨抜きにしようとしている。ラサの市内だけで600ヶ所くらいの売春宿がある。まさに「文化大虐殺」なのである。

●イギリスのMI6(情報局秘密情報部)は、中国がチベット人やウイグル族の政治犯を使って筋肉増強剤などの人体実験をしている事実を公表した。
     《浜田和幸 SAPIO 2008/4/23》

●中国はチベット文明の虐殺を目論んでいる。チベットに漢族を移住させ、人民解放軍の若い兵士をチベット族女性と結婚させるなど、民族の抹殺さえ行っている。
          《櫻井よしこ  〃  》


●チベット族は仏教への帰依が激しく、五体投池という肉体的にも過激な動作を繰り返して、日々篤い信仰生活に明け暮れ、今も漢族の暴虐を極めた血の弾圧と大虐殺への怨念を抱いているが、新彊ウイグルのイスラム教徒とは異なって、過激な武力闘争・武装ゲリラ戦争を展開することはない。ダライ・ラマ猊下の地下からの「無抵抗主義」の呼びかけに忠実であり、純朴な国民性は宥和を旨とする。
《宮崎正弘 「出身地でわかる中国人」
 他の著書「出身地を知らなければ、中国人は分らない」》


中国の警察が木の棒でチベット人を引っぱたく光景をよく見掛けた。浮浪者のような人が寝転がっているだけで殴る。それが常態化している。 
      《野口健 Voice2008/5月号》

●ペマ・ギャルポ氏の話によれば、チベットでは家族が1人も虐殺の目に遭っていない人は見当たらない。そのような扱いを受けても、彼らは決して武力で抵抗しない。
            《編集部  〃  》

●中国はいつもそうで、ネパールとの国境ナンパ・ラ峠の銃撃が話題になったときも、初めは事実すら認めなかった。しかし映像が世界に行き渡ってしまうと、「チベット人が危害を加えてきたから、正当防衛で撃った」と訂正した。今回のチベット暴動も同じで、最初は「発砲していない」といった。それが次には「警察が身の危険を感じ、正当防衛として威嚇射撃をした」と。

●死者の数についても、チベット亡命政府が「140人以上」、中国側は「20人」と食い違っている。中国が20人しか撃ち殺していない自信があるなら、世界のメディアに「取材してください」といえばいい。
しかし当局が取材許可を与えた海外メディアの記者は十数人、日本では共同通信社だけ。外国人旅行者ですら、多くがカメラやビデオを没収されている。 
           《野口健  〃  》


●「チベット問題を考える会」の小林秀央代表…

◇たとえば、女性に対し、性器に電気棒を突っ込んだり、天井から身体を吊して火で焚き付けたりといった拷問が行われた。

◇チベット人の独立思想を崩すべく、分断策も行われた。それはチベット人にチベット人を攻撃させるというもの。階級闘争と称して、子供に親を批判させ、挙げ句の果てには”親を撃て”と命じる。子供からすれば目の前にいる人民解放軍が恐ろしいので、やむを得ず自らの手で親に手をかけてしまう。

◇僧侶たちへの尊敬の念を崩すため、弟子に師匠を批判させ、リンチにかけさせるようなこともした。
          《週刊新潮2008/4/17》


●中国の若者が高等教育を受けようとする場合は、中国語で試験を受けなくてはならない。

●少数民族は一人っ子政策の対象外として、子供をどれだけ作ってもいいということになっているが、実際には医者はどれだけ避妊・断種手術をしたかで表彰されている。
   《ペマ・ギャルポ 中央公論2008/5月号》


●高速列車を走らせ、立派な学校や病院・ホテルまで建てたばかりか、近代的な法制度も導入してやった。なのに現地人(チベット人)は喜ばない。あろうことか騒乱を起こし、楽しみにしている五輪の聖火リレーまでも邪魔しようとする。まったくもってけしからん、と漢民族の人々は憤慨しているようだ。

●興奮している中国の人たちに「日本もかつて満州で似たようなことをしましたが、喜んでいただけましたか」と諭しても、火に油を注ぐようなものだろう。
      《産経抄 産経新聞2008/4/23》


拷問に使う電気棒には、警棒タイプの物から、牛追いに使う大型の物まで様々な種類がある。耳の穴、目、脇の下、性器、肛門などに押しつけた。押しつけられると電気ショックによる激痛で、必ずといっていいほど失神する。すると看守は水をかけて起き上がらせ、拷問を続ける。

●重い石を2つ、両脇に挟んで持つよう強制され、首の後ろにも石をくくりつける。その重さで体が前屈みになったところを、下から炭などであぶられる。熱さと重さに堪えきれず両脇の石を落とせば、激しい暴行を受け、再び同じ姿勢を強要される。

獰猛な犬をけしかけて噛みつかせたり、足首の関節をハンマーで叩く。指の爪の間に竹串を入れ込む。釘付きのバットで殴打する。血液を抜かれたり、背骨から体液を抜かれることさえある。
…大勢の僧侶たちが、こうした拷問で死亡した。亡命政府が以前に調べた調査では、チベットが侵略された1949~79年の30年間で、17万3千人が拷問の末に死亡した。その後も死者数は確実に増えている。
       《ルントック 正論2008/6月号》


●1959年3月10日、首都ラサでチベット民衆が蜂起すると、中国政府は8万7千人を殺害し、チベット政府の解散を宣言。ダライ・ラマ14世はインドに亡命せざるをえなかった。人民解放軍は「ダライ・ラマ法王一派は人民から搾取する支配層だ」と主張し、チベットの指導者たちを次々と逮捕していった。

●現在も中国政府は「ダライ・ラマ法王一派は、国家分裂主義者で反逆者」とプロパガンダしているが、50年前、中国政府がつくった小学校に通い始めた私がまず教え込まれたのも、全く同じ言葉だった。先生は漢民族で、学校で学ぶのは中国語だけ。

●つけるワッペンはランクごとに一本線から三本線まであり、みんなランクの高い三本線を目指して「アメリカ帝国主義反対!」「ダライ・ラマは国家分裂主義者だ!」と競って叫ぶのである。

●チベットの子供に最も大きな影響を及ぼしたのは映画だった。当時のチベットでは、映画といえば大変な娯楽である。そこで頻繁に上映されていたのが、59年のチベット動乱のニュースフィルムだった。もちろん、チベットのお坊さんたちをやっつける中国軍が正義として描かれている。日中戦争や満洲事変を題材にした戦争映画もずいぶん見せられた。中共こそ、大陸から日本を追い出した救国の恩人というわけである。

街の広場では、しばしば公開裁判や公開処刑が行われていた。解放軍がチベット人の元貴族や高僧たちを、「われわれ解放軍がチベットに入る前、あなたは人民から搾取し、土地を奪いましたね」と問い詰める。抗弁は許されず、裁判官が判決をつげると立て札に漢字で罪名が書かれる。そのまま連れて行かれて、後頭部にズドンと一発、射殺されてオシマイである。

●子供も強制的に参加されられた。当時の私はダライ・ラマの方が反逆者と信じていたので、中国が残虐だとは思わなかった。

●高僧たちも公開処刑の対象になった。近所のおばさんたちが、それまで敬っていた高僧に唾を吐きかけるのを見たときは驚いたし、悲しいなと思った。みなチベット仏教の熱心な信者だから、お坊さんにそんな無礼なことはとてもできない。おそらく踏み絵のように、無理にやらされたのだと思う。
     《西蔵ツワン 文芸春秋2008/6月号》


●私には子供の頃から自分は漢民族とは違うという意識が染みついており、差別感を味わうことも日常茶飯事だった。学校では中国人が一緒で毎日のように喧嘩が絶えなかった。学校では、サッカーやバスケットなど競技スポーツがあると、生徒同士の殴り合い蹴り合いに必ずといっていいほどなってしまう。

●それに、ダライ・ラマ法王について批判しないといけない。心が痛む。写真を持つことも許されない。口に出しただけで公安に拷問される。ちょっとしたことで殴る蹴るはもちろん、何時間にもわたって監禁されたり、やりたい放題。こちらの話には全く耳を貸さない。

●ラサに滞在している間の91年3月10日、デモが起こった。彼らは催涙ガスをガンガン撃ち込んでくる。直撃した人は亡くなった。何人かは血まみれになって逃げるのだが、その日の夜中に公安の当局者が住居を一軒一軒回って一人一人をしらみつぶしに調べる。いきなり扉をこじ開けて頭には銃がつきつけられ、ダライ・ラマの写真を持っていないか、どこから来たか、デモに参加したかとか、細を穿って聞いてくる。

●漢民族はラサに昔からあった下町を壊して、自分たちのポタラ広場をつくった。話し合いなど一切ない。ラサにできたホテルなんて、チベット人を無理やり追い出してできているのである。

●四川省、甘粛省、青海省では遊牧民が7割を占めている。年がら年中、引っ越しながら生活しているのだから、家畜ひとつ自由に動けないように柵を設ける。一部は中国政府が金を出すのだが、遊牧民の自由を奪うのだから、遊牧民同士で柵をめぐってトラブルが起きる。

●すると当局は遊牧民に銃を持たせる。同じ民族で銃撃させて喧嘩させて、結果的にそれを利用するのである。今回チベットで起きた映像で、銃について新華社が伝えている。「これで漢民族を虐殺している」と。違うのだ。もともと遊牧民として持っているものであり、狩りや狼を追い払うためのものなのだ。これで何も知らない漢民族を洗脳する。チベットは怖い、ウイグルは怖いと。

●私の知り合いの尼さんの中には、19年間も刑務所に入れられた方がいるし、つい一昨年刑務所を出られて今ロンドンに亡命されている尼さんも3人ばかりいる。彼らが刑務所に入ったのは12歳か13歳である。思春期の全てを刑務所で過ごしたことになる。彼らは何をやったわけではない。ダライ・ラマ法王の仏教の教えに従っただけである。

●政府の不当性を訴える裁判を起こす権利もない。中国の憲法では、少数民族の自決や自治は保障されている。自由に生活できる権利が謳われていながら、実際は全く別のことが行われている。

●チベットもウイグルの問題もそうだが、このところ痛感するのは、米国の9・11以来、民族の問題が一律にテロ扱いされるように変わったということである。民族が何か自決を叫んでも自治を求めても、「それはテロリストだ」。中国にとっては都合がいい論理である。
        《テンジン 正論2008/7月号》



        



●ラサの街角では、漢人の公安(警察官)がチベット人を警棒で殴る光景がよく見られた。チベット各地から「五体投地」を繰り返しながら巡礼にやってくる人々は、ラサ旧市街のそこかしこにいる。バター茶を飲みつつ休憩する人もいれば、腰を下ろしてお経を唱えている人もいる。そんな人々を、「邪魔だからどけ!」とばかりに容赦なく警棒で引っ叩きながら追い立てるのである。
       《野口健 諸君!2008/9月号》

 
●6月に中国内の東チベット・タウ県(中国四川省)でチベット人尼僧が抗議の焼身自殺を図るなど、2009年以来、焼身自殺者は120人になりました(8月28日現在)。彼らはダライ・ラマ法王のチベット帰還と、チベット人の自由を訴えています。宗教の自由など基本的人権が認められていないために多くのチベット人は生きることに絶望し、大切な命を投げ出して中国政府に抗議する道を選んでいるのです。

ある地域では焼身自殺を図って火だるまになっているチベット人を助けるどころか、「早く死ね」とばかりに身体を蹴ったり、棒で殴りつけたりするという、人間として考えられない行為まで報告されています。

●中国内やネパールでは、焼身自殺したチベット人の遺体を軍や警察が持ち去って遺族に返さない事例もあります。チベット人の多くは敬虔な仏教徒ですから、肉親や友人、知人が亡くなれば遺体を丁重に葬ります。遺体を奪われれば死者の魂を弔うこともできません。非道です。
《ツェリン・ンゴドップ(チベット亡命政府・教育省長官) SAPIO2013/10月号》


 

【ウイグル弾圧】
 
●トルキスタンとはペルシア語で「トルコの土地」という意味で、旧ソ連から独立した中央アジア諸国と現在の中国の新疆ウイグル自治区を示す。その東半分にあたる新彊が東トルキスタンである。「新彊」とは清政府がつけた名称を中共が踏襲したものだ。この地域はもともとウイグル人をはじめイスラム教を信仰するトルコ系民族が多く居住しており、1933年と44年には民族による政権が作られた。

●45年のヤルタ会談でソ連は対日参戦する際に中華民国と友好条約を結んだが、そのとき東トルキスタンと内モンゴルの権益を中国に譲った。その後、国民党が敗北し49年に中華人民共和国が成立すると、東トルキスタン共和国はそこに組み込まれた。それ以来、根強い独立運動が続き今に至っている。

●「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)リーダーであるアブドゥカディル・ヤプチャン…
「中共は私の生まれた58年までに、東トルキスタンの全ての地主や資産家から財産や土地を没収し、さらに彼らを逮捕して強制労働に従事させ、最後には殺しました。中共は没収したもののうち価値あるものは本土へと持ち帰り、安い衣服や農具などを農民に支給して『農民は開放され、人民は平等になった』と宣伝していたのです」
      《押田明子 SAPIO 2006/1/25》


●新疆ウイグル自治区では、伊寧で97年に暴動が起こった際、鎮圧のために軍が機関銃を乱射して約400人が死んだといわれる。同自治区ではこうした弾圧で、半世紀の間に50~60万人の死者が出ているともいう。それでなくとも農村では、花嫁をカネで売買するとか、女の子が生まれると間引きされるなどの行為が、まだ普通に行われているという。
           《週刊新潮2006/11/7》


●新疆では、ウィグル族の牧畜民が所有していた牧草地を、農耕や最近まで地上で行われていた核実験に使う ことに対する、抗議行動が続いている。
         《田辺裕 「世界の地理⑳」》

●新疆ウイグル自治区では、大脳未発達の赤ちゃんが数多く生まれ、奇病が流行り、癌の発生率は中国の他の地域に比べ極めて高い。それは核実験の後遺症である可能性が高いが、中国政府の圧力のためにその事実は公にされず、支援を受けられない患者たちは貧困のため薬を買えず、治療を受ける機会さえなく、なす術もなく死を迎えている-。

●このような内容のドキュメンタリー「シルクロードの死神」が、98年7,8月イギリスのテレビ局チャンネル4で放送された。同番組はその後、仏・独等の欧州諸国をはじめ、計83ヵ国で放送され、各国に衝撃を与えて、翌年優秀な報道映像作品に贈られる世界的に有名なローリー・ベック賞を獲得した。
       《水谷尚子 諸君!2007/2月号》


●中国政府は今年5月、ウイグル人全員のパスポートを回収、国家の管理下に置いた。ウイグル人は多額の保証金を払って政府の許可を得ない限り、自由に国外に出ることもできない。

●北京五輪のちょうど1年前にあたる8月からは、100日間にわたってウイグル人への取り締まりの強化期間が設けられた。独立運動にかかわったとされる5人のウイグル人に死刑判決が下っている。

中国政府が長期的に目指しているのは、ウイグル民族を地球上から消し去ることではないかと思う。例えば言語。03年以降、ウイグル語を教える教師が学校から追放されてしまった。今は漢語による教育が中心となり、ウイグルの文化は危機に瀕している。

●信教の自由も、当局は表向きは認めるそぶりをしているが、実態は違う…
◇信仰は当局の管轄下にある「イスラム協会」という組織によって管理されている。まず、18歳未満の子どもは、モスクに立ち入ることもできない。子どもたちに道徳教育をし、人生の指針を与えるのもモスクの重要な役割なのだが。中国人は代わりに共産主義を浸透させたいのだろうが、今のウイグルでは非行に走る子どもが増えている。

◇また、イスラム教徒の義務である断食月になると、政府の人間がわざわざ食べ物を配って回り、受け取ったものを食べなかった人間は公職を追われる、ということまで行われている。

◇理不尽な規制を逃れ、私的にイスラムの教えを説くと、それだけで「恐怖分子(テロリスト)」として逮捕される。ウイグルの歴史を研究しただけで逮捕された学者もいた。イスラム教に関係あるものは、全てテロリスト扱いされてしまうのである。

●刑務所の待遇も劣悪。政治犯として捕らえられた人々の多くが、拷問で命を落としている…
◇まず、看守が酒に酔って、殴る蹴るの暴行を行うことなどはざら。暴行で内臓が破裂した遺体を引き取った遺族も知っている。

◇被疑者から供述を得るためには、長時間眠らさなかったり、食事を与えなかったりすることもある。もっとひどい例では、体を縮めないと入れないような小さい牢に何ヶ月間も入れられることや、冬の寒い時期に牢の中を首の高さまで水で満たした水牢に入れられることもある。

◇他にも、両手を後ろ手に縛られて電気ショックを与えられたり、鼻から唐辛子の液を入れられたり
…実にさまざまな拷問が日常的に行われているのである。

●当局が残虐な拷問を行うのは、政治犯として捕まえた人間を二度と表に出したくないからである。法律上は死刑になる理由がなくても拷問で殺し、「病死」で処理する。刑務所に入れられた政治犯のうち、実に半数以上の人が「病死」扱いになっている。
  《ラビア・カーディル 週刊朝日2007/12/14》
 


●今年のノーベル平和賞の授賞候補者リストに、中国は人権を弾圧してきたウイグル族の人権活動家ラビア・カーディルさんが載り、中国政府当局が困惑している。

◇9月12日には中国外務省の秦剛報道官が「ラビアは国外のウイグル独立勢力のテロリストとつながっている。事実を歪曲、悪意をもって反中華分裂活動に従事している」と非難。

◇中国報道も「近年、ノーベル平和賞は西側諸国の政治的道具に利用され、大衆の批判を浴びている」(16日付環球時報)といった”権威落とし”を行っている。

◇ノルウェー国内の報道によると、張業遂外務次官は21日、北京を訪問していたノルウェー議会外交政策委員会代表団に「ラビアがノーベル平和賞を授賞すれば中国とノルウェーの外交関係にダメージが与えられる」と牽制していた。ノルウェー政府はこうした対応に「全く受け入れられない。選考委は完全に政府から独立している」として一蹴したという。
          《産経新聞2006/10/3》


●中国政府は06年から「扶貧政策」と称して、15~25歳までの未婚の女性を強制的に連行して、中国本土の工場で働かせる政策をとっている。08年までには40万人が連れ出された。すなわち、40万人のウイグル人青年がウイグル人女性と結婚できなくなったわけである。

●中国は一人っ子政策の影響で、男女の出産比率が120:100で、嫁不足は深刻になっている。実態はそんなものではなく、男児の数が圧倒している。強制的に連れ出された女性たちは、東トルキスタンに戻ることなく、地元の漢族と結婚することになる。共産党政府は「扶貧政策」という国家的誘拐によって、ウイグル人の血を絶つと同時に、漢族男性の嫁不足も解消しているのである。

●ただ、このことが海外に知られるようになり、国際的な非難を恐れた中国共産党は、09年からウイグル人青年も強制的に連れ出すことを始めた。ただし、男女を同じ割合で1つの職場に送り込むわけではない。それでも国際的な批判から逃れられないと思ったのだろう。ウイグル自治区政府は今年からウイグル人の若者を東トルキスタンから外に連れ出さないという政策を出したそうだ。

●工場長がウイグル人女性たちを、昼間は工場で働かせて、夜に売春をさせた事件もあった。きれいな女性に売春を強要して、売り上げを工場長が自分の財布の中に入れたのである。

●イスラム教に対する弾圧は、生活の細部にまで及ぶ。例えば…
◇髭を生やしたら職場から追い出される。数回注意されてそれでも剃らなかったらクビ。新彊ウイグル自治区政府の規則で、公務員は髭を生やしたらいけないことになっている。
◇18歳未満の子供はモスクに入って礼拝することは禁じられ、18歳以上でも学生や公務員はモスクへ行くことはできない。

●就職差別は露骨である。前述した通り、地下資源の豊富な東トルキスタンにはいろいろな職場があるのだが、大学、専門学校、専門的な高校を卒業した者の95%は失業者になってしまう。自治区政府はわざわざ中国の本土の大学に行って募集するのだ。地元に人材があるにもかかわらず、漢族を連れてくるのである。

●東トルキスタンのウイグル人迫害は、登小平の改革開放経済が始まった1978年ごろである。共産党は沿岸地域に予算を徹底的に投入し、外国資本を呼び込んだが、反対に内陸の東トルキスタンは開発から取り残されたままだった。

●ところが、改革開放経済が進むにつれて、中国全土で強盗殺人や人身売買といった凶悪な事件が多発するようになった。そこで共産党政府は東トルキスタンのタリム盆地に巨大な監獄を建設し、こうした凶悪犯を集中的に送り込み、彼らを無給の労働力として「辺境開発」に使用し始めたのである。
→こうして受刑者たちが下地を作った後に、共産党政府の政策で漢族がどんどん移住してくるようになった。その尖兵が人民解放軍に所属する生産建設兵団という連中である。

●彼らはウイグル人が昔から農業に使用していた水源を奪い、「開拓」を進めていった。生産建設兵団は東トルキスタンに駐屯している部隊だけでも254万人という規模なのである。彼らは強大な武力を背景に、先住民であるウイグル人など歯牙にもかけず、共産党政府の命令に従って強引な「開拓」を進めるのである。
  《イリハム・マハムティ 正論2010/4月号》


●7月末に中国新疆ウイグル自治区西部で発生した暴動について、米政府系放送「ラジオ自由アジア(RFA)」は5日、「ウイグル族の死者だけで少なくとも2千人」とする在外組織「世界ウイグル会議(WUC)」のラビア・カーディル議長の発表を伝えた。
報道が事実なら、事件は当局の発表をはるかに上回る深刻な状況だったことになる。

●暴動について、中国の治安当局は「テロ事件」として非難を強める一方、死者数は一般市民37人を含む96人と発表していた。ラビア氏は「少なくとも2千人以上のウイグル人が中国の治安部隊に殺害された証拠を得ている」と語った。発生から3日間程度をかけて中国当局が遺体を片付けた、とも述べた。
            《産経新聞2014/8/7》

…もちろん、朝日新聞は報じていない。報じられないのだ。中国様の怒りが恐くて(管理者)


【3月10日更新】

●1月末に来日した世界ウイグル会議代表のラビア・カーディル氏は、中国政府のウイグル人弾圧は、習近平氏が国家主席となってから、とりわけ激化したと訴える。カーディル氏が語った。「昨年1年だけで、世界ウイグル会議が把握した中国によるウイグル人虐殺事件は、少なくとも37件発生しています。最もひどかったのが、7月のヤルカンドの虐殺です」

●ヤルカンド虐殺事件は、去年7月28日に発生した。同事件に関して中国当局とウイグル人側の主張は真っ向からぶつかる。中国当局はこれを「ウイグル人テロリストが警察署を襲撃したのが発端」で、「国内外のテロ組織が結託した悪質な事件」だと発表、犠牲者は96人と公表した。

●しかし、現場は直ちに封鎖され、外国メディアは立ち入りも取材もできなかった。AP通信が、「独立メディアの報道がない状況下では、政府は容易に適を悪魔化できる」と報じたように、真相は不明である。

●他方、カーディル氏はこう語る。「あのとき、イスラム教徒はラマダンを迎えようとしていました。中国当局はラマダンの断食を禁止し、ウイグル人はやむなくそれに従いました。しかし、ラマダン終了前には聖なる夜があって、男性たちはモスクに、女性たちは家に集まり、祈りを捧げます。中国当局はそこを狙ったのです。2軒の家に女性たちは各々十数名ずつ集まって祈りを捧げていました。そこに中国当局の武装勢力が踏み込んで、女性たちを殺害した。モスクから戻った夫たちは驚き、警察署に行った。これがヤルカンド事件の始まりです」

●カーディル氏は、警察署に行ったウイグル人を、警察当局が「派出所を襲撃にきたウイグル過激派」と見做して、ほぼ全員を殺害したあと、武装警官を派遣し、ヤルカンドの村を包囲し、住民の大半が殺害され、犠牲者は2千人に上ると主張する。
ラジオ・フリー・アジア(RFA)は、「6歳の子どもまで全員殺された。死者は3千人以上」という現場の住民の声を伝えた。

●静岡大学人文社会科学部教授の揚海英氏は、中国によるモンゴル人虐殺の実態を研究してきた。氏が明らかにしたモンゴル人虐殺の悲劇は、いまウイグル人及びチベット人に起きている悲劇とぴったり重なる。
中国が21世紀のいまも行っている人道に対する罪を告発すべき国があるとすれば、それは日本人ではないか。日本人も日本政府も、ウイグル、モンゴル、チベット3民族の悲劇を終わらせるため、少なくとも沈黙は赦されない。
     《櫻井よしこ 週刊新潮2015/2/19》


上記に関連して、次の記事を見てみよう。(別の事件)

【産経新聞 2015年2月22日付】

中国新疆で衝突 17人死亡 ウイグル族と警官 一般人も巻き添え
米政府系放送局ラジオ自由アジアは21日までに、中国新疆ウイグル自治区アクス地区バイ県で警官とウイグル族住民が衝突し、警官4人、通行人4人を含む17人が死亡したと報じた。

同ラジオによると、地元警察が17日、警察署から約150メートル離れた民家を捜索した際、室内にいた十数人の集団が警官からライフルや短銃を強奪し、ナイフやおので襲いかかった、集団が警察署方向に逃げた丸腰の警官らを追いかけたところ、武装警官が応戦し、集団の9人を射殺。通りかかった一般市民4人が誤射で巻き添えになったという。

民家にいた男らの多くは昨年、中国当局が行った「分裂主義者」や「テロリスト」の集中取り締まりで逮捕されたり、実刑判決を受けたウイグル族の親族だった。
同自治区内では同様の衝突が相次いでおり、全人代を来月に控え、ウイグル族に対する締め付けが強化されていることをうかがわせる。

         ◇ ◇ ◇

【朝日新聞 産経の翌日23日の記事】

ウイグル族・警察衝突十数人死亡
米政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)は、中国新疆ウイグル自治区アクス地区バイ県で17日、ウイグル族と警察が衝突し、双方で計十数人が死亡したと伝えた。RFAは13日にもウイグル族青年が自爆テロを起こしたと伝えており、自治区内で緊張が高まっている可能性がある。

RFAによると、警察が、パトロール中に衝突した約10人のウイグル族を捜索。隠れているとみられる家を包囲したところ、ウイグル族が刃物で4人の警官を刺殺。警察側は9人を射殺した。当局は、十数人のウイグル族を拘束したという。ほかに4人の通行人が射殺されたとの情報もある。

…どう読んでも、朝日新聞の方は「ウイグル族の方が悪い」としかとれない。中国政府の弾圧の背景を報じていない。旧日本軍の「蛮行」には、大した証拠がなく伝聞だけでも嬉々として報じるのに、中国の現在進行形の大虐殺に関しては、極めて慎重。
普段から「人権」やら「平和」やらを盛んに叫んでいる朝日のこの態度。中国共産党の息が掛かった機関紙だからしょうがないが、それにしても朝日読者は気の毒である。真実を知らされないのだから。(管理者)




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少数民族弾圧/朝日が絶対に報じない酷い拷問と虐殺