賢者の説得力ホーム東京裁判裁判の受諾

 

裁判の受諾

いくら公正でない裁判だとしても、
日本はこの裁判(日本の罪・歴史認識)
を受け入れることを条件に講和条約を結び
世界の一員に復帰できたのだ、
東京裁判を批判するべきではない、
といわれているが…


●東京裁判の結果は結果に過ぎない。それが歴史解釈として正しいかは、全く別の問題だ。当然それに対する批判の自由はある。
        《井沢元彦 「読売vs朝日」》



●サンフランシスコ講和条約第11条は、「独立したからといって、刑の執行を途中でいい加減にしてはならない」と念を押している。
      《田久保忠衛 諸君!2005/8月号》



●講和条約とは、そもそも過去を総括し「これから協力し合い、仲良く行きましょう」と宣言するもの。だから将来への留保として、禁固刑を受けた者を勝手に外に出すな、と条文に書いている。
       《牛村圭 文芸春秋2006/9月号》



東京裁判では”Judgements”、つまり「判決」を受諾したのであって、裁判の過程や裁判の示した歴史観まで全て受け入れたという解釈など、全く成り立たない。
この条文は、講和後も日本政府が引き続き刑の執行を受け入れることを明らかにし、赦免・減刑のための手続きを定めたもの。たとえば、日本が独立回復後、いきなりフィリピンで服役中の囚人を取り戻しに行ったりしてはならない、といった趣旨である。以後日本政府はこの条文に定められた手続きを経て、「戦犯」を全員釈放した。そこに何ら法的問題はない。
      《中西輝政 諸君!2005/3月号》



条約や法規によって特定の歴史解釈の受容を約する等ということは、法律行為としてありえない。
     《中西輝政 「靖国と日本人の心」》



●判決結果が裁判の正当性に直結するものであれば、三審制度なども成立しない。
  《宮澤佳廣 SAPIO 2005/8/24・9/7》



国家同士でも人間同士でも、一方が他方を永遠に罪人として裁き、裁かれる側は裁きの基準についても疑義を唱えてはならないとすれば、合理性や合法性の世界から遠ざかる。
  《古森義久 「日中再考」 
   他の著書「中・韓「反日ロビー」の実像」》



東京裁判の内容を受け入れると、”日本の対ソ侵略戦争”を認めたことになる。また”南京大虐殺20数万”も東京裁判で確定している。(30万人ではない)
       《中西輝政 正論2005/10月号》


●1986年8月24日から1週間、ソウルで国際法学会が開催された。日本からは青山学院大学の佐藤和男教授が参加しているが、当日の結論として、サンフランシスコ平和条約第11条は「日本政府による刑の執行の停止を阻止することを狙ったもので(筆者註・独立と同時に日本の独断で受刑者を釈放せぬよう狙ったもの)、対日平和条約成立後に日本政府がいつまでも東京裁判の正当性を認め続けるよう義務づけたものではない」と発表し、これが今日の国際法学会の常識になっている。
  《上坂冬子
   「戦争を知らない人のための靖国問題」》
 


●判決が下ったときにはまだ日本は敗戦国であり、主権もなく、占領軍の統治下に置かれていたから、この判決を受け入れる受け入れないという議論の余地は、はじめからなかった。

●歴史というものは、あくまで事実の積み重ねに基づくべきで、裁判で決定するようなものではない。
        《鳥海靖 諸君!2005/8月号》


裁判の効力などというものは、刑の執行が終わればそれで完結する。それが将来にわたって歴史を決定するなどという考え方はありえない。
      《岡崎久彦 中央公論2006/1月号》
 


「JUDGMENTS」=「裁判」は、外務省が誤訳したというのが真相で、この「諸判決を受諾する」の意味は「東京裁判でそれぞれの判決を受け、ABC級戦犯とされた者たちがいる。この者たちを講和条約締結後、本来、戦勝国が刑の執行を続けることができなくなるが、今後は日本国が刑の執行を代行する」ということなのだ。

●本来、アムネスティ条約で、戦犯裁判による受刑者は、講和条約発行後は全員解放せねばならない。それが東京裁判以前の国際法であり、国際社会の慣習だった。占領中行った裁判で有罪にした者の刑の執行をあくまでも続行せよというのは、単なる戦勝国の復讐にすぎないのだ。
この不当性を昭和27年までの日本国民は認識していたから、戦犯の即時釈放を求める4千万人の署名が集められ、「戦犯は犯罪者ではない」という国会決議が行われた。
      《小林よしのり
       わしズム VOL15 2005/7/25》


●なぜこんな変な条文が作られたのか?
連合国側は平和条約発効後も、彼らをそのままブチ込んでおきたかったのだ。復讐心がまだ収まっていなかったのだろう。つまり11条はアムネスティ条約の適用を停止し、獄中の人たちを「諸判決」どおり服従させることだけを要求するもので、それ以上の拘束はない。
  《小林よしのり SAPIO 2006/6/14号》 


●連合国が日本から撤収すれば軍事裁判の効力は消滅し、禁固刑に処せられた人々も解放されるが、イギリスやニュージーランド・オーストラリア等の国々が反発し、量刑の継続を望んだ。その結果、「妥協案」として11条が盛り込まれたのだ。

●東京裁判とサンフランシスコ条約の”セット論”は、私が知る限り1985年11月、小和田恒外務省条約局長が衆院で行った答弁が最初だ。小和田局長は判決理由にも言及しつつ、「日本国政府といたしましては、極東軍事裁判を受諾しているわけでございます」と述べ、判決理由をも含めて受諾したかのごとく答弁してしまった。
その背景には、85年8月15日、中曽根首相が行った靖国公式参拝と、その直後の参拝取り止め決定がある。
    《伊藤哲夫 SAPIO 2006/6/28》 


●「諸判決を受諾」というのは、「たとえ裁判は不当でも、言い渡された諸判決には従う」ということであり、「裁判は不当だ」と言うことまで禁じているわけではない。
  《小林よしのり SAPIO 2006/6/14号》 


●検事も弁護人も歴史の真実を求めているわけではない。有罪か無罪かを争っている。
 《リチャード・マイニア 朝日新聞2006/5/3》


●サンフランシスコ講和条約をどう読んでも、A級戦犯が全ての戦争責任を負う、などという解釈は出てこない。日本が受け入れたのは…
◇A級戦犯が処刑されたことについて賠償を求めない。
◇また海外に収監されている戦犯を、日本が連れ戻したりする国際的請求権は主張しない。
…ということに過ぎない。
だいいち世界史上いかなる講和条約も、特定の歴史観の受け入れを規定したものはない。戦争責任がどちらにあったかは、賠償の有無や国際条約の中身によって決まってくる。誰が戦争を起こしたとか、その正義の是非といった歴史観を定める条約などない。
     《中西輝政 文芸春秋2004/12月号》
 


●東京裁判を否定するなというが…
◇終戦記念日の靖国参拝は、75年の三木首相から85年の中曽根首相まで普通に行われていた。

◇1952年に連合国の軍事裁判で刑に処せられた者は国際法上の犯罪者として見なされないという、法務省の見解が出された。

◇翌年には遺族援護法の改正も行われ、BC級戦犯から靖国への合祀が始まったのは59年である。

◇続いてA級戦犯の14人は78年に合祀された。A級が合祀されてから初めて参拝したのは大平首相だが、79年のことなのである。

左翼の論理では、この時点で日本は東京裁判を否定したということになる。果たしてアメリカは当時、どういう反応をしたのであろうか。何をいまさら、である。
      《西村幸祐 「「反日」の構造」》







例の11条を読んでみたまえ。そこには「諸判決(Judgment)を遂行する」としている。もし、Judgmentを「裁判」と読んだら、日本政府が遂行できるわけはないではないか。東京裁判を遂行したのは連合国である。その裁判所は死刑の他に無期刑やら有期刑の「諸判決」を下した。
      《渡部昇一 産経新聞2008/10/10》


●裁判では最終的に「判決」が言い渡され、「判決理由」が付けられる。ある裁判で言い渡された「判決」を受容したら、「判決理由」まで自動的に認めたことになるのか?冤罪を主張する権利まで奪われるのか?
当事者を拘束するのは「主文」だけである。「判決理由」には既判力(判決主文で表現されている判断が、以後の訴訟で裁判所や当事者を拘束し、これに反する判断・主張を許さない効力)はない。これは文明諸国の法の一般原理である。

●マスコミは「狭山事件」(1963年に発生した女子高生誘拐殺人事件。当時24歳の石川一雄が逮捕され無期懲役の判決が確定し服役した。31年間の服役後仮出所した石川は「部落差別に基づいた冤罪事件」と無実を訴え、現在も再審請求を行っている。文化人・ジャーナリスト等に再審支援の輪も広がっている)の被告が服役したことが、「判決理由」まで認めたことになると主張するつもりか?
  《小林よしのり SAPIO 2006/9/27》


「裁判という形をとっている以上はやはり裁判全体を認めざるを得ない」というが、ならば私刑リンチも「裁判という形」をとれば裁判になるのだろうか。形式を整えれば実質が伴うというものでもあるまい。
       《潮匡人 正論2006/10月号》 


●社会党と共産党はスターリンの意向を受けて、講和条約に参加していない。当時の自由党・民主党・国民共同党、それから参議院の緑風会だけが署名していて、社会党・共産党は独立署名から抜けた。独立反対という立場である。だから、社会党・共産党はサンフランシスコ講和条約についてあれこれ言う資格はない。独立反対の国賊だからである。
  《渡部昇一
   「子々孫々に語りつぎたい日本の歴史」》


●「裁判受諾」と「判決受諾」を極めて分かりやすい形で示したのが、戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏である。戸塚氏は、監禁致死の罪などで自分を有罪にした”裁判”を受諾する気はなかったが、法治国家の人間として”判決”は受諾して入獄した。
途中、模範囚として刑期短縮の機会を与えられたが、断固拒絶し続けた。というのは、刑期短縮のためには裁判内容を認めなければならないからである。戸塚氏は”業務上過失致死”なら認めるが、”監禁致死”という罪状を認めることを拒否し続けたのである。

●日本の政治家も役人も、日本は東京裁判の内容は絶対に認めないが、敗戦国として”判決”は認め、その約束を果たして国際社会に復帰したという立場から、一歩も退いてはならぬのである。
       《渡部昇一 正論2007/11月号》


「ソクラテスの弁明」=ソクラテスはアテネの裁判で、青年を堕落させたというような罪で死刑を宣告され、獄に入れられた。ソクラテスもその弟子たちも、その裁判には不服である。ソクラテスは脱獄をすすめられた。しかし、ソクラテスはそれを拒否する。「この裁判は受諾し難いが、その判決を受諾しなければ、法治国家は成り立たないからだ」と言った。
     《渡部昇一 産経新聞2008/10/10》



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